西国三十三観音霊場巡礼記 1回目の満願 (第30番札所竹生島宝厳寺~第28番札所成相寺)

 

 

ドラクエ11表ボスを倒さずにメタキン狩りばっかりやって気づいたらLv85まで上がってしまったアタクシKOBANNADです。

 

 

 

 

それはさとておき、残す所西国も後、3ヶ寺(2017年8月13日現在)

 

お盆真っ只中の日曜日に行動するのは厳しいというか人が多いというか。

 

色々と懸念される事案はあれど、予定より一時間早めて行動。

 

5:00にレンタカーをゲンゲンが借りに行き、

5:30過ぎにオカンを乗せて、

 

 

車は一路琵琶湖のあります近江長浜の地へ。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814053746j:image長浜城

今は歴史資料館になってるそうな。

 

 

 

そして一行は長浜港へ。

 


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長浜ー竹生島のフェリーに乗るのだ!

 

 

 

ちなみに西国三十三観音 第30番札所

竹生島 宝厳寺

は、琵琶湖に浮かぶ竹生島にあるのでフェリーじゃないと行けないのだwwwwwww

 

 

 

 

 

 

長浜港から片道約30分。


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f:id:KOBANNAD:20170814054315j:image見えてきました。

 

 

 

宝厳寺(ほうごんじ)は、滋賀県長浜市竹生島にある真言宗豊山派の寺院。山号を巌金山(がんこんさん)と称する。本尊は弁才天(観音堂本尊は千手観音)、開基(創立者)は行基とされる。西国三十三所観音霊場の第30番札所である。観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地でもあり、日本三大弁才天の1つにも数えられている(他の2つは厳島神社江島神社とされている)。

琵琶湖の北端近くに浮かぶ竹生島に位置する。竹生島は周囲2キロメートル、面積0.14平方キロメートルほどの小島で、島の周囲は南東部にある船着き場を除いてほとんどが急な断崖になっている。島には宝厳寺と都久夫須麻神社の他にはみやげ物店が数軒あるだけで、文字通り信仰の島である。現在は宝厳寺と都久夫須麻神社という「寺」と「神社」に分かれているが、このように区別されるようになったのは、明治時代初期の神仏分離令以降のことであり、竹生島では平安時代から近世まで神仏習合の信仰が行われていた。延喜式神名帳には、近江国浅井郡の社として都久夫須麻神社の名があり、祭神は浅井姫命(あざいひめのみこと)とされていた。浅井姫命は、浅井氏の氏神ともいわれ、湖水を支配する神ともいわれるが、平安時代末期頃から、この神は仏教弁才天(元来はインド起源の河神)と同一視されるようになったようである。近世には宝厳寺は観音と弁才天霊場として栄える一方で、都久夫須麻神社は宝厳寺と一体化し、寺と神社の区別はなくなっていた。

宝厳寺奈良時代聖武天皇の命により、僧・行基が開創したとされている。行基は出身地の河内国大阪府南部)を中心に多くの寺を建て、架橋、治水灌漑などの社会事業にも尽くし、民衆の絶大な支持を得ていたとされる僧であり、近畿一円に行基開創を伝える寺院は多い。宝厳寺の寺伝によれば神亀元年(724年)、行基竹生島を訪れ、弁才天を祀ったのが起源とされているが、承平元年(931年)成立の『竹生島縁起』には、行基の来島は天平10年(738年)で、小堂を建てて四天王を祀ったのが始まりという。同縁起によれば、天平勝宝5年(753年)、近江国浅井郡大領の浅井直馬養(あざいのあたいうまかい)という人物が、千手観音を造立して安置したとある。当初は本業寺(ほんごうじ)、のちに竹生島大神宮寺と称し、東大寺支配下にあったが、平安時代前期、10世紀頃から近江国の他の多くの寺院同様、比叡山延暦寺の傘下に入り、天台寺院となった。以降、島は天台宗の僧の修行の場となった。また、平安時代末期頃からは観音と弁才天信仰の島として栄えた。

中世以降、貞永元年(1232年)、享徳3年(1454年)、永禄元年(1558年)などに大火があったが、その都度復興している。永禄元年の大火後、慶長7年-8年(1602-1603年)、豊臣秀頼片桐且元に命じて伽藍を復興している。この際復興されたのが唐門、渡廊、観音堂、ならびに弁才天社(現・都久夫須麻神社本殿)である。唐門は豊国廟(京都東山にあった豊臣秀吉の霊廟)の唐門(極楽門ともいい、元は大坂城の極楽橋の唐破風造部分であった可能性が指摘されている)を移築したものであり、都久夫須麻神社本殿は豊国廟あるいは伏見城の日暮御殿を移築したものとされる。

明治の神仏分離の際、時の政府は弁才天社を平安時代の『延喜式』に見える「都久夫須麻神社」という社名に変更することを強要し、仏教寺院としての宝厳寺は廃寺の危機を迎えるが、寺側は、弁才天仏教の仏であると主張して譲らなかった。結局、竹生島の信仰施設は宝厳寺と都久夫須麻神社に分離することになり、明治7年(1874年)に「寺」と「神社」の境界が決まり、明治16年(1883年)には寺の財産と神社の財産が区別されて今日に至っている。現状、宝厳寺と都久夫須麻神社は別法人であるが、宝厳寺観音堂と都久夫須麻神社本殿は渡廊で直接連絡しており、両者はもともと不可分の関係にあることがわかる。(Wikipediaより)

 

 

 


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島全体が宗教テーマパークって感じでしたね。

 

本堂が弁財天(神様)

西国三十三観音の観音堂があり(仏様)

神社があって

天狗堂があって

不動明王があって

修行大師像があって

竜神様の社があって

 

 

神仏集合まさに日本人の象徴とも言えるお寺&神社を擁するまさに島全体が聖地なんやなと。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814055750j:image納経印

 

 

ちなみに本尊の弁財天の朱印も頂けます。

アタクシ今回西国の納経帳しか持って来てなかったんでまた次回(^q^)

 

 

 

 

ちなみに朝イチ臨時でフェリー一本増発したのに乗って往復したので(竹生島には最短80分くらい滞在出来る)、

予定より30分早く行動出来てた。

 

 

 

 

 

長浜から北陸道で一路福井県敦賀を経由して、

更に舞鶴若狭自動車道

 

 

そのまま舞鶴へ行って西国三十三観音第29番札所松尾寺!

 

って行く予定やったんですが、

 

 

 

 

 

 

「コバさん、無理っす腹減りました!」

 

 

 

 

のゲンゲンの一言で一旦小浜(前アメリカ大統領とは関係ない)で高速を降りて、

 

 

向かいますは

【若狭フィッシャーマンズワーフ】

 

 



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詳しくは

 

 http://www.wakasa-fishermans.com/

 

 

ここの寿司美味いのよ。

 

 

 

流石はお盆の真っ只中で人が溢れ返ってたので、寿司を買い込んで車の中で頂きました。

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170814061656j:imageちなみに写メ忘れたのでこれは2012年夏旅行の頃のヤツです。

 

 

 

 

お腹もふくれた一行は今度こそ

 

 

 


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西国三十三観音霊場 第29番札所

松尾寺!

 

 

 

 

松尾寺(まつのおでら)は、京都府舞鶴市にある真言宗醍醐派の寺院。西国三十三所第29番札所。

舞鶴市福井県大飯郡高浜町との境にある青葉山の山腹に位置する。

毎年5月8日に行われる仏舞は有名。本尊は馬頭観世音菩薩坐像。

寺伝によれば、中国から渡来した威光上人が慶雲5年(708年)ここに草庵を結び馬頭観音像を安置したのが創始とされている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814062050j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして本日最後の目的地、

日本三景天橋立の近くにあります

 

 

西国三十三観音霊場第28番札所 成相寺へ。

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170814062341j:image宮津の海が見下ろせます。

 

 


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成相寺(なりあいじ)は、京都府宮津市にある寺院。山号は成相山西国三十三所第28番札所。本尊は聖観世音菩薩。真言宗単立。境内から日本三景のひとつ天橋立が一望できる。

寺伝によれば704年(慶雲元年)、真応上人の開基で、文武天皇勅願寺となったというが、中世以前の寺史は判然としない。2007年(平成19年)、高野山真言宗から独立し、真言宗単立寺院となった。

寺は天橋立を一望する成相山(569m)の山腹にあるが、創建時は山のさらに上方に位置し、修験の道場となっていた。現在地に移ったのは1400年(応永7年)の山崩れ以降である。山号は古くは「世野山」と称し、雪舟の『天橋立図』(京都国立博物館蔵、国宝)には、「世野山成相寺」の書き込みとともに当寺が描かれている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

そして、この成相寺をもって

 

 







 
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私、KOBANNAD西国三十三観音霊場巡礼無事今回初めての満願致しました!

 


f:id:KOBANNAD:20170814062919j:image拡大(^q^)

 

 

四国遍路より後に始めて先に終わったw

 

あ、当たり前かw

 

 

 

 

 

成相寺さまで、先達申請の推薦頂きました。

ありがとうございます。


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何よりゲンゲン今回も運転ありがとうご苦労様でした。

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814072035j:image散華も!

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170814072140j:image成相寺さんから山頂展望台に行けます。

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170814072301j:image天橋立が見える!



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし今日偶然にも回らせて頂きました3ケ寺共に真言宗のお寺でした。

 

勿論西国なので各寺院の観音さまのお導きがあっての事なのは重々承知の上で申し上げますが、

やはり本四国遍路も巡礼させて頂いてる身としてはお大師さまのご縁を感じずにはいられないなぁと。

 

 

 

KOBANNADは修行大師さまの像がものすごく好きなんですね。

 


f:id:KOBANNAD:20170814064052j:imageこちらは前回伺った四国別格9番文殊院さまの修行大師像

 

 

 

 

友人達に今年から四国、西国を始めた話をすると

「なんで?」

と理由をよく聞かれます。

 

 

色んな方が色んな想いを持って巡礼というものをされておられます。

 

私はそういう時にはこう応えさせて頂いております。

 

 

弘法大師さまに呼ばれた」

 

 

と。

 

 

 

お寺で修行大師さまの像がいつも

「よう来たな」

って言って下さってる気がするんです。

 

 

 

私はたかだか一介の料理人です。

料理人とは、野菜・魚・肉などあらゆる生命を頂いて生業にしている罪深い仕事だと思っています。

 

だからこそ逆に

【勿体ない】

という精神をどの一般の方々よりも深く持つべき仕事やと思ってます。

 

 

今まで自分が生きて行くために糧としてきた命を供養するという目的も私にはあるのです。

 

 

何の為に先達になるのか。

 

 

その責任というものを普通に巡礼するだけではなく、

先達として果たすべき責任を全うするために、微弱ながら頑張ってみようと思ったからです。

 

 

 

仕事も同じです。

 

ヒラ社員にはヒラ社員の責任しかありません。

 

課長には課長の

店長には店長の

社長には社長の

 

責任があるのです。

 

 

 

 

正しい巡礼の在り方を正しく伝えていく。

 

それは先達が必ず持って居ないといけない精神です。

 

 

 

料理人が部下に不衛生で不味い料理を教えたらどうなりますか?

 

料理は人を時には感動させる事が出来る素晴らしいものだと私は思っています。

 

後世に少しでも美味い料理を伝え、教えることは私の使命でもあります。

 

 

 

先達にも、同じことが言えるのではないでしょうか?

 

 

仕事だけじゃ小さなままの自分だなぁ、と。

仕事は大切だけど自分の人生仕事だけみたいな淋しいもんでも無いんだから、仕事以外でも同様の精神を持って生きるべきののかなぁ、と。

 

 

 

私はいつも修行大師像にお会いする度に、

 

「よう来たな、人生死ぬまで修行やぞ。」

 

お大師さまがそう語りかけて下さっているような気がしてなりません。

 

 

 

 

 

今回も西国の巡礼ですが、

私はお寺をお参りする際には必ず本四国の

真言宗仏前勤行次第】

を【西国三十三所勤行次第】と一緒に持ち歩いています。

 

 

 

色んな宗派のお寺がありますが、

お大師さまにお会いした時は本四国の大師堂と同じお勤めをさせて頂くのがお大師さまに対する最低の礼儀であると私は考えていますので。

 

 

だから正直な話、

真言宗仏前勤行次第は本四国のカバンに入れてるのと、

他のお寺を回る時用と2冊持ってたりなんかしちゃいますけどね(^q^)

 

 

 

ちな西国は来年創設1300年を迎えます。

私も来年は先達として更に巡礼していくつもりです。

 

 

清水寺の森貫主さま

【今年の一文字】を毎年書かれておられる有名な方ですね。

 

貫主さま直筆の納経軸を清水寺で買って持って回る予定です。

 

だから来年西国いちばん始めは清水寺からになりますね。

 

 

 

興味を持たれた方は気軽にバスツアーからも始められます。

 

 

何度も言いますが来年西国は1300年を迎えます。

 

まずは観音さまとのご縁を深めてみませんか?