西国三十三観音霊場巡礼記 第33番満願札所 谷汲山華厳寺&名古屋に行ってきた!



 

 

先日のブログやっと書き上げたので、

昨日の話を。

 

 

昨日7月17日(月)は祭日やったので店を休んで、母上&ゲンゲンと三人で朝早くから

 

 

西国三十三観音霊場第33番満願札所

【谷汲山 華厳寺

に向かいました。

 

 

まずはゲンゲンがレンタカー借りてきてアタシのウチに4:30くらいに来て、

母上のウチに二人で迎えに行って5:00くらい。

 

 

とにかくまずは腹ごしらえと名神吹田SAでかなり早めの朝食wwwww

 

 

 

名神高速をひた走り関ヶ原出口を目指す。

 

 

滋賀県に入ったあたりから曇りの予報のくせに結構な豪雨wwwww

 

 

【名古屋の呪い】

 

 

 

 

そんな言葉が頭をよぎるwwwwwwwwww

 

 

高速を下りて、途中トイレ休憩に池田温泉の道の駅に寄ってみたりして

朝8:00前に到着!

 

 


f:id:KOBANNAD:20170718221756j:imageこっから山門までが長い長いwwwww

 

 
あんな金津園しか産業がない県の、さらに辺鄙な土田舎で駐車料金取る強欲さはさすが西国というかwwwww
あのあたりの土地なんてタダみたいなもんだろうに

 

並ぶ土産物屋、仏具屋。

 

 

 

 

我々が行った時は開店前だったから店も何も開いてなかったから山門左の駐車場に普通に停めれたけど、

朝9時回ったら停めさせてくれへんらしいしね。

 

手前に停めるように促して駐車料金を取るのだそうだ。

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170718222438j:image萌えキャラwwwww



f:id:KOBANNAD:20170718222537j:image満願まだ誰もしてない我々三人wwwww

 

 

ちなみに西国は別に順番関係無いので気にしなくて大丈夫(^○^)

 

 

 

 

華厳寺(けごんじ)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある天台宗の寺院。 山号は谷汲山(たにぐみさん)。 本尊は十一面観音、脇侍として不動明王毘沙門天を安置する。 西国三十三所第三十三番札所、満願結願の寺院で桜、紅葉の名所としても知られ多くの観光客で賑わう。 西国三十三所の札所寺院では唯一、近畿地方以外にある。

 

 

永禄3年(1560年)成立の『谷汲山根元由来記』によると、華厳寺延暦17年(798年)、会津黒河郷の豪族大口大領なる人物によって創建されたという。『由来記』によれば、大口大領は都の仏師に依頼して自らの信仰する十一面観音の像を造立した。彼は観音像とともに会津に帰ろうとしていたが、途中、美濃国の赤坂(現・岐阜県大垣市)で観音像が動かなくなってしまった。赤坂の北五里の山中に観音所縁の霊地があるというお告げを受け、大口大領は同地に草庵を建立。延暦末年に、当地で修行していた僧・豊然上人(ぶねんしょうにん)の協力を得て華厳寺を建立した。

延暦20年(801年)、桓武天皇勅願寺となり、延喜17年(917年)には醍醐天皇が「谷汲山」の山号と「華厳寺」の扁額を下賜。天慶7年(944年)には朱雀天皇が鎮護国家の道場として当寺を勅願所に定め、仏具・福田として一万五千石を与えたという。「谷汲山」という山号については、寺付近の谷から油が湧き出し、仏前の灯明用の油が汲めども尽きなかったことに由来する。

西国三十三所霊場の中興者と伝承される花山法皇は徒歩で巡幸し、当寺を第三十三番札所の満願所と定め、禅衣(笈摺)、杖、及び三首の御詠歌を奉納したと伝え、鎌倉時代には後白河法皇が花山法皇の跡を慕って同行千有余人を従えて巡幸したという。なお、西国三十三所巡礼について触れた最も古い史料である『寺門高僧記』所収の「行尊伝」及び「覚忠伝」では、第三十三番の霊場三室戸寺になっており、園城寺三井寺)の僧・覚忠が三十三所霊場を巡礼した応保元年(1161年)には、華厳寺は満願所ではなかった。また、三種の御詠歌(後出)のうち、「世を照らす」の歌は作者が判明しており、花山法皇ではなく、前出の覚忠の作歌である。

建武元年1334年足利氏と新田氏の戦乱が起こり、新田氏一族堀口美濃守貞満の乱をはじめとする戦乱で幾度となく諸堂伽藍を焼失するが、本尊ならびに脇侍等は山中に移し難を逃れた。

江戸時代には薩摩国鹿児島慈眼寺住職道破拾穀上人によって再興された。(Wikipediaより)

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170719002413j:image谷汲は納経が3つあります。
現在

過去

未来

を意味するそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

谷汲を一路後にし、次に向かったのは先日のゲリラ豪雨の被害が凄かった愛知県犬山へ。

 

 

 

犬山にある【桃太郎神社】に

 


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桃太郎神社(ももたろうじんじゃ)は、愛知県犬山市栗栖(くりす)にある神社。犬山市には桃太郎伝説が存在する。

全国的にも珍しい桃型の鳥居があるほか、桃太郎のおばあさんが洗濯をした洗濯岩などがある。 毎年、5月5日のこどもの日には桃太郎祭りが開かれる。祭りで披露される「桃太郎おどり」は、野口雨情が作詞したという桃太郎音頭のことである。

神社周辺は桃太郎公園として整備されている。

道路から、一の鳥居、二の鳥居を経て、石段を上ると、桃型鳥居と拝殿がある。なお、一の鳥居と二の鳥居は、普通の神社にあるような鳥居である。地元では、子どもの健康を祈る神社としての認識が高く、大切にされている。

桃太郎公園は、桜も多く近隣では有名な観光地ともなっていて、みやげ物屋も数件ある。この地方でよく食される「木の芽田楽」(豆腐の味噌田楽)や、菜飯を味わうこともできる。また、かつては公園の一角に、ヤクニホンザルを放し飼いにした野猿公苑(日本モンキーセンター栗栖研究所の関連施設)があり、午後3時になるとサルが園の外に出てきて、車の上に乗る姿が見られた(野猿公苑はすでに閉園)。

神社背後には緑深い山が間近に迫り、すぐ前を木曽川が洗う。このあたりの木曽川は風光明媚であり、志賀重昂によって「日本ライン」と名付けられた。また、川縁には有名なチャート(岩石)の露頭がある。 道路からチャートの露頭までの広い河原は芝生の広場(栗栖園地)となっており、デーキャンプが行われるなど、市民や近隣住民の憩いの場として親しまれている。桃太郎神社に参拝したことがない近隣住民でも、この栗栖園地で遊んだことがある、という人は多い。

神社の裏手は、栗栖遊歩道のセセラギ遊歩道入口になっている。この遊歩道は、岐阜県可児市の鳩吹山遊歩道に合流している。(Wikipediaより)

 

 

 

 

ええと、コメントは差し控えるけど一言いうなら

「子供大切にとか言うけどあの人形見ても多分トラウマにしかならん」

とだけ言っておこうかなwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170719002554j:image御朱印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一行は一路名古屋を目指して……

 

 

 

黒川にあるカレーうどんの銘店中の銘店

【鯱乃家本店】へ。

 


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鯱乃家
現在、旧黒川本店(名古屋市北区)は商号を変更して「本店鯱乃家」として営業。同店の暖簾分け店は「若鯱家 清明山店」(名古屋市千種区)「若鯱家 犬山店」(犬山市)として以前の商号のまま営業しているのに加え、他に「歩々亭若鯱家分家」(小牧市)が存在している。
本店鯱乃家においても暖簾や路上の看板は鯱乃家だが、2階部分に取り付けられた看板は現在でも「若鯱家」となっている。

繁盛店として知られるとともに名古屋一円のうどん屋の跡取りが修行する店としても有名であった。しかしブランド名の商標登録を行っていなかったことから、同店出身者の一人が名古屋の広告代理店「東海通信社」と共に、同じ名前の「若鯱家」を商標登録し、本店とは無関係に当該名称で1988年頃から各地にチェーン展開を開始したものである。(Wikipediaより)

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170718230936j:imageカツカレーうどん&ご飯(¥1050)

 

やや太めの麺で、カレーとダシの風味・甘さと辛さ等絶妙のバランスで素晴らしい味を成立させている逸品ですわ。

 

 

今年の春に食べたんですが、それ以来ハマってしまいました。

関西人で28年料理やってるアタシが絶賛する名古屋メシ、一度ご賞味あれ。

 

 

 

 

 

 

そして一行は更に【熱田神宮】へ

 

 

 

 


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熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社。式内社名神大社)、尾張国三宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。宮中の四方拝で遥拝される一社。神紋は「五七桐竹紋」。

名古屋市南部の熱田台地の南端に鎮座する。古くは伊勢湾に突出した岬上に位置していたが、周辺の干拓が進んだ現在はその面影は見られない。

三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られる。なおこの剣は、鎮座の後も、盗難に遭ったり(「草薙剣盗難事件」を参照)、形代が壇ノ浦の戦いで遺失するなどの受難にみまわれている。(「天叢雲剣」を参照)。また、景行天皇43年創建と伝えられており、同年は西暦に換算した場合に113年とされることから、2013年(平成25年)に創祀1900年を迎えるとされ、同年5月8日に「創祀千九百年大祭」が行われた。

建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、1893年(明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式だった(境外摂社の氷上姉子神社に尾張造の建築様式が残っている)。
祭神
主祭神
熱田大神(あつたのおおかみ)三種の神器の1つ・草薙神剣(くさなぎのみつるぎ、草薙剣天叢雲剣とも)を神体とする天照大神を指すとしている。
相殿神
天照大神(あまてらすおおかみ)
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
宮簀媛命(みやすひめのみこと)
建稲種命(たけいなだねのみこと)
熱田大神とは草薙剣の神霊のこととされるが、明治以降の熱田神宮や明治政府の見解では、熱田大神草薙剣を御霊代・御神体としてよらせられる天照大神のことであるとしている。しかし、創建の経緯などからすると日本武尊と非常にかかわりの深い神社であり、熱田大神日本武尊のことであるとする説も根強い。

相殿には、天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命草薙剣に縁のある神が祀られている。素盞嗚尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。天照大神は、その草薙剣天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けた。日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊蝦夷征伐に副将として従軍した。

第12代景行天皇の時代、日本武尊が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国乎止与命(おとよのみこと)の娘・宮簀媛命と結婚し、草薙剣を妃の手元へ留め置いた。日本武尊伊勢国能褒野(のぼの)で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斎鎮守したのが始まりと言われる。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に置かれているとされ、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えることとなった。


宮司職は代々尾張国造の子孫である尾張氏が務めていたが、平安時代後期に尾張員職の外孫で藤原南家藤原季範にその職が譲られた。以降は子孫の藤原氏・千秋氏が大宮司尾張氏権宮司を務める。なお、この季範の娘は源頼朝の母(由良御前)である。

 

戦国時代に織田信長桶狭間の戦いの前に戦勝を祈願して見事に勝利を収めた。

江戸時代は当社周辺に東海道五十三次の43番目「宮宿」が設けられ、当地から桑名宿への七里の渡しが運行されていた。また『東海道名所図会』に「熱田大神宮」と記載されている。

1868年(慶応4年)6月に神宮号を宣下されて熱田神社から熱田神宮に改め、1871年7月1日(明治4年5月14日)の近代社格制度の制定により、熱田神宮官幣大社に列格した。熱田神宮には「三種の神器の一つを祀っているから、伊勢神宮と同格であるべきだ」という主張があり、同年7月には大宮司・千秋季福が伊勢神宮に準じた待遇にするよう政府に請願したものの、この請願は却下されている。次いで大宮司となった角田忠行も同様の請願を続け、1889年(明治22年)までに伊勢神宮に準じた神璽勅封・権宮司設置などが認められた。

それまで熱田神宮尾張造という尾張地方特有の建築様式で建てられていたが、1889年(明治22年)、伊勢神宮と同じ神明造による社殿の造営が計画された。また、熱田神宮の国への働きかけにより、1890年(明治23年)9月、社格を離脱して伊勢神宮と同格にする旨の勅令案が閣議に提出された(案の段階では熱田神宮を「尾張神宮」に改称する事項も含まれていたが、これは外された)。しかし、この勅令案は否決され、熱田神宮社格の件は従前の通りとすることとなった。その背景には伊勢神宮の反対があったという。神明造による社殿の造営は進められ、1893年(明治26年)に竣工したが、この社殿は太平洋戦争の空襲により焼失した。

1945年(昭和20年)の終戦直前、神体である草薙剣を守るために飛騨一宮水無神社への一時的な遷座が計画されたが、同年8月15日の終戦により一時中止された。しかし、今度は上陸したアメリカ軍に神体が奪われるおそれがあるとして、同年8月21日、陸軍の協力を得て計画通り神体が水無神社に遷された。同年9月19日に熱田神宮に戻されたが、そのときにはすでに陸軍は解散していたため、神職が鉄道で移動した。社殿は伊勢神宮式年遷宮の際の古用材を譲り受け、1955年(昭和30年)10月に再建された。新しい建物のため、指定文化財ではない。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170719003235j:image熱田さんでは【御神印】というそうな

 

 

 

 

 

 

さらに名古屋の大須観音

 

 

 


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大須観音(おおすかんのん)は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗智山派の別格本山。本尊は聖観音。寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と称し、宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般には大須観音の名で知られる。日本三大観音の1つとも言われる観音霊場である。なごや七福神の一である布袋像を安置する。寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。

建久年間(1190年代)、尾張国中島郡長庄大須に中島観音が発祥する。元亨4年(1324年)に後醍醐天皇大須郷(現岐阜県羽島市桑原町大須)に北野天満宮を創建。元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。

その後、慶長17年(1612年)に徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂によって現在地に移転する。 文化12年(1815年)に、五重塔が建立され、空海が彫った愛染明王像が五重塔内に安置された。明治25年(1892年)3月21日には、境内にあった宝生座(芝居小屋)裏手からの出火(大須の大火)により本堂、五重塔と仁王門を焼失し、五重塔以外を再建されるが、第二次世界大戦の名古屋大空襲による2度目の焼失後、昭和45年(1970年)に、戦前の本堂とは多少、姿形が異なるが本堂を鉄筋コンクリートで再建し、現在に至る。また五重塔の再建計画も近年にあったが、現在にいたるまで、立ち消えた状態である。

戦前まで大須観音より、大須で大いに栄えて賑わっていた寺は七堂伽藍の七寺であった。大須観音も七寺も空襲で焼失されるが、戦後、七寺の七堂伽藍は再建される事はなく、大須観音は再建され、現在では大須観音が栄え大須のシンボル的な寺院となっている。

大須の地名はこの大須観音門前町が発祥の地である。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170719002750j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参拝を終えて大須商店街の301ビル1階にある喫茶店松屋コーヒーさんへ。

 

こちらは元々はコーヒー豆の販売店ですが、店内に喫茶スペースがあります。

 

世界中のコーヒーが楽しめる上にこの時期はオリジナルの水出しコーヒーが美味いのよ!

 

 

 

 

松屋コーヒーさんのこだわりはコチラで

http://www.flavorcoffee.co.jp/2f/index.html

 

 

そこに二度寝から覚めた姉上DJきゃんでことふぢえ姉が合流。

 

 

本当は谷汲から一緒に行動する予定だったんですが、前日にアメリカから凄いDJの方が来られていたらしく終了後も接待等で忙しくて昼からの参加になりました。

 

 

姉上のお店はコチラ

https://www.maharaja-n.jp/system/

デスコでフィーバー!

 

 

 

 

 

 

 

 

四人はそれから

大須商店街の中にある【万松寺】へ。

 

 


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……お寺にLED照明&スクリーンw

さらに白龍のオブジェがありそれがまた時間になったら霧を吐くwwwww

 

入り口ど真ん中ではなく少し離れて本堂があるwwwww

 

七夕飾りの願い事がカオスwwwwwwwwww

 

 

申し訳ないけどこないに笑ったお寺は初めてやなwwwwwwwwwwwwwww

 

【近未来寺院形テーマパーク】

って感じかしらwwwwwwwwww

 

 

 

 

 愛知県名古屋市中区大須にある470年以上の歴史を持つ寺院。織田備後守信秀公(織田信長の父)が織田家の菩提寺として開基。ご本尊は十一面観世音菩薩。織田信長徳川家康をはじめとする戦国武将との縁が深く、名古屋の歴史的観光名所にもなっている。

天文9年(1540年)、織田信秀により織田氏菩提寺として那古野城の南側に建立された。開山には信秀の叔父にあたる雲興寺八世・大雲永瑞和尚を迎えた。当時は現在の中区錦と丸の内2丁目・3丁目にまたがる広大な寺領を持っていたが、慶長15年(1610年)、名古屋城を築く際に小林邑(現在の大須3丁目)に移建した。移転後も尾張徳川家朱印寺として篤く信仰され、亜相源敬公大夫人霊廟(徳川義直室高原院の御霊屋(廟))が置かれるなどしていたが、幕末頃から徐々に衰退した。大正元年(1912年)に三十七世大円覚典和尚が寺領の山林の大部分を開放することを決断し、開拓された町は現在の大須3丁目となって、萬松寺は再び賑わいを取り戻すこととなった。しかし、1945年(昭和20年)3月12日の名古屋大空襲で大須も焦土と化し、本堂が再建されたのは平成に入ってからである。大須一帯の大地主でもあり、万松寺ビルなどを保有している。2016年(平成28年曹洞宗との被包括関係を廃止して単立寺院となる。
歴史的事件など
信秀の葬儀の際に信長が位牌に抹香を投げつけた事件は、大須に移る前の萬松寺が舞台である。
徳川家康は6歳で証人(人質)として今川義元の元に送られる途中で信秀に引き渡され、この寺で9歳まで過ごしたと伝わる。
明治年間、シャム国から日本に分骨された仏舎利覚王山日泰寺に運ばれた際には、萬松寺から行列が出発した。
堂宇
不動堂 - 加藤清正が命名したと伝えられている身代わり不動明王の石像が安置されている。
白雪稲荷堂 - 白雪枳尼真天を祀る。
からくり人形
からくり人形は現在の萬松寺の名物として知られた。本堂に設置されたからくりは前述の「抹香投げつけ」と、桶狭間の戦いを前にして「敦盛を舞う」信長を再現したもので、人形師の8代目玉屋庄兵衛の手による。また、かつての境内で寺の向かいに建つ万松寺ビルには白雪稲荷のからくり人形もあるが、いずれも2008年(平成20年)頃から故障したままとなっている。2011年(平成23年)6月から「あっぱれNIPPONプロジェクト」の一環として修復に着手。その年の大晦日に修復完了、公開された。修復担当は9代目玉屋庄兵衛。(Wikipediaより)

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170719002840j:image
f:id:KOBANNAD:20170719002852j:image6つの納経印


 

 

お寺用の納経帳2冊目無事終了しました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、名古屋に来て、姉上と大須に来るといつも行くのが万松寺の向かいのビル地下のパチンコ屋wwwww

 

 

三時間弱一円パチンコで遊んで

 

姉上-3000

ゲンゲン-3000

母上+2500

アタシ+6000

 

 

これで名古屋では7連勝中wwwww

 

姉上と母上と居るとあんまり負けないんですよねぇwwwwwwwwww

 

 

とりあえずゲンゲンはまだ功徳の積み上げが足りないな。

早く【岩清水はちまん宮】に行かないとwwwwwwwwww

 

 

 

そしてアタシのパチンコ勝ち金で向かいました、大須商店街にあります

【ピッツェリア チェザリ】

 

ここのオーナー牧島氏は日本人で初めてナポリのピザ大会で優勝した方です。

 

むちゃくちゃ美味いんですよ。

 

 


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マルゲリータ

クワトロフォルマッジ

生ハムのピザ

世界一のピザ

 

この時アタシのスマホの充電がヤバかったので、この写真だけは姉上のご協力をいただきました。

姉上ありがとう(^○^)

 

 

 

こちらもアタシの大絶賛なお店。

 

 

 

 

 

んで、姉上と別れて大阪に帰ってまいりました。

 

 

 

名古屋はやっぱたーのしー!

 
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PS.姉上けものフレンズ早く見てハマって下さいwwwww