西国三十三観音霊場巡礼 第2番紀三井寺&第3番粉河寺

 

 

こないだの週末は系列店のランチの応援に行って、自分の店もおかげさまでかなり忙しくて、

 

先々週の四国、先週の槇尾山の疲れが抜ける以前の問題でしたが、

 

 

本日も、行ってまいりました。

 

 

さすがにいつものように朝イチからっていう訳にはいきませんでした、昼前までさすがに寝ちゃってましたからね。

 

 

和歌山方面に行くか滋賀方面に行くかで悩んでたんですけど、和歌山の西国の札所2ヵ寺だけ行こうかなぁって。

 

 

 

 

11時過ぎに自宅を出て、

JR環状線桜ノ宮天王寺

 

途中環状線のアナウンスで京阪の中書島駅付近で人身事故があって京阪が止まっているという情報が。

滋賀行ってたらエライ事になる所やわ。

 

 

そっから

JR阪和線天王寺→和歌山

 

JRきのくに線和歌山→紀三井寺と約2時間かけて

 

 

 

 

 

 

 

やってまいりましたは、西国三十三観音霊場第2番札所

【紀三井山 金剛宝寺

 

 


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立派な山門ですなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

紀三井寺(きみいでら)は、和歌山県和歌山市紀三井寺にある仏教寺院。正式名は紀三井山金剛宝寺護国院(きみいさん こんごうほうじ ごこくいん)。西国三十三所第2番札所。救世観音宗(ぐぜかんのんしゅう)総本山。

 

寺号は詳しくは紀三井山金剛宝寺護国院と称し、宗教法人としての公称は「護国院」であるが、古くから「紀三井寺」の名で知られる。宗派はもと真言宗山階派に属したが、1948年に独立して救世観音宗総本山を名乗り、山内子院6ヶ寺および末寺14ヶ寺を包括する。本尊は十一面観音で、西国三十三所観音霊場の第2番札所である。

寺域は紀ノ川河口平野の南部にある名草山(なくさやま、228.6メートル)の中腹にあって、境内から和歌浦湾を一望のもとに収める。山内に涌く三井水(さんせいすい:吉祥水・清浄水・楊柳水)は紀三井寺の名の由来とされ、いずれも水源には慶安3年(1650年)の年記とそれぞれの名水の名を刻銘した砂岩製の水槽がある。これらの水槽は徳川頼宣の命により設けられたものである。また、三井水は1985年(昭和60年)3月に環境庁(現・環境省)が選定した「名水百選」に選ばれている。境内は関西一の早咲き桜として知られており、観桜の名所として名高く、日本さくら名所100選にも選ばれている(Wikipediaより)

 

 

 

 

実は天王寺から電車に乗ってる時に4歳くらいの男の子とお父さんが隣に座ってましてね、行儀のエエ可愛いらしい男の子で、

 

和歌山で下車したのかなぁと思ってたら、紀三井寺で降りてはりまして、

親子で自転車二人乗りして家に向かって帰ってたんでしょうな。

後部座席の男の子が何回もこっちを振り返って手を振ってくれるんですわ。

 

なんか嬉しくなってしまいましたね。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170611230550j:image本堂

 


f:id:KOBANNAD:20170611230610j:image裏門

 

 


f:id:KOBANNAD:20170611230652j:image納経印

 

 

 

 

 

紀三井寺駅から紀三井寺まで700メートルくらいあるんですが、

次の電車まで約4分しかなくて猛ダッシュかましてなんとか間に合ったのは秘密wwwww

 

 

その電車逃したら約30分待たなくちゃイカンですからね。

 

 

 

で、一旦和歌山に戻って

そこから和歌山線に乗り換え粉河駅に向かいます。

 

 

 

バブルの頃は良かったのか、いまはかなり寂しくなった参道を抜けて

 

 

 


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西国三十三観音霊場第3番札所

【風猛山 粉河寺】

とうつき~🎶

 

 


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粉河寺(こかわでら)は、和歌山県紀の川市粉河にある天台系の寺院。西国三十三所第三番札所。山号は風猛山(ふうもうざん、かざらぎさん)。宗派は天台宗系の粉河観音宗総本山。
本尊は、千手千眼観音菩薩。伝承によれば創建は宝亀元年(770年)、大伴孔子古(おおとものくじこ)によるとされる。

草創の縁起は『粉河寺縁起絵巻』(国宝)に伝えられている。

粉河寺縁起」には2つの説話が語られている。1つ目の話は粉河寺の草創と千手観音の由来に関するものである。紀伊国の猟師・大伴孔子古は宝亀元年(770年)のある日、山中に不思議な光を発する場所を見つけて、そこに小さな庵を営んだ。これが粉河寺の始まりという。その後のある日、孔子古の家に一人の童子(童男行者)が訪ねて来て、一晩泊めてくれと言う。童子は宿を借りたお礼にと言って、7日かけて千手観音の像を刻んだ。8日目の朝、孔子古が見てみると童子の姿はなく、金色の千手観音の像だけがあった。孔子古は殺生をやめて観音を信仰するようになったとのことである。

2つ目の話は千手観音の霊験説話である。河内国の長者・佐太夫の娘は重い病で明日をも知れぬ命であった。そこへどこからともなく現れた童行者が千手千眼陀羅尼を称えて祈祷したところ、娘の病は全快した。喜んだ長者がお礼にと言って財宝を差し出すが童行者は受け取らず、娘の提鞘(さげざや、小太刀)と緋の袴だけを受け取り、「私は紀伊国那賀郡におります」と言って立ち去った。長者一家が那賀郡を尋ねて行くと、小さな庵に千手観音像が立ち、観音の手には娘の提鞘と緋の袴があった。長者一家は、あの行者が観音の化身であったことを知ってその場で出家し、孔子古とともに粉河寺の繁栄に尽くしたとのことである。

以上の説話がどこまで史実を反映したものかは定かでないが、粉河寺は平安時代には朝廷や貴族の保護を得て栄えたことは確かである。清少納言の『枕草子』194段には「寺は壺坂、笠置、法輪(中略)石山、粉川、志賀」とあり、『梁塵秘抄』に載せる今様には、「観音験(しるし)を見する寺、清水、石山、長谷の御山、粉河(後略)」とある。西行の『山家集』や、架空の物語である『うつほ物語』『狭衣物語』にも粉河寺への言及があるなど、遅くとも平安時代中期・10世紀には観音霊場として著名であったことがわかる。平安時代後期には、その頃から始まった西国三十三所観音霊場巡りの札所の1つとして栄えた。

天正13年(1585年)、豊臣秀吉紀州に攻め入り、根来寺雑賀衆とともに抵抗したものの全山焼失した。この時、粉河寺縁起絵巻も焼損した。正徳3年(1713年)にも火災があり、現在の伽藍はほとんどがそれ以降の江戸時代の再建である。

大門から南に約1キロメートル続くJR粉河駅前通は、門前町として栄えたが、県道の拡幅工事により、かつての面影はなくなってしまっている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170611231822j:image納経印

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170611231838j:image粉河寺は長寿箸が有名です。母にも買ってきましたが、

まさかオリジナル輪袈裟まで売ってるとは思わなんだwwwww

 

 

 

 

 

 

 

粉河駅からJR橋本駅

南海橋本駅に乗り換えて新今宮まで帰ってきて、

環状線乗り換えて桜ノ宮まで帰ってきました。

 

 

 

京橋で久しぶりに


f:id:KOBANNAD:20170611232009j:image新福菜館を。

 

 

JR和歌山駅の売店で和歌山ラーメン食う予定やったのに、

売店自体潰れてたという悲しい話(´;ω;`)

 

 

とりあえずラーメンが食いたかったんだ。

 

 

余談ですが、ゲンゲンは昼にカレーラーメン食ったとかわざわざLINEしてきやがりましたけどね!

 

 


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本日で33ヵ寺中15ヵ寺ですな。


番外入れたら36ヵ寺中18ヵ寺やからほぼ半分やな!

 

よっしゃ頑張るでぇ!