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西国三十三観音霊場第1番札所青岸渡寺&第24番札所中山寺

 

こないだの日曜日。

本来ならば毎月恒例本四国遍路の旅に行く予定でしたが、

 

相棒の中村ムラムラゲンゲンが45日間のめでたく免停処分をくらい、

罰金80000円という大金を支払い、

めでたく【中村八万大菩薩】の称号を得たので、

残念ながら今月の遍路は中止になりました。

 

 

 

 

 

 

しかし、KOBANNADがそんな事でめげる訳もなくw

 

タイトルの通り

「四国がアカンのなら西国や」

とばかりに阪急交通社のバスツアーを利用して、

那智の滝で有名な那智大社の隣にあります

【西国三十三観音霊場第1番札所 青岸渡寺

さんに行きました。

 


f:id:KOBANNAD:20170502153308j:imageちなみにバスツアー中ほとんど寝てる中村w

 

 

 

 

 

 

 

 

朝7時に旧梅田コマ劇場の前に集合。

難波を経て、阪神高速湾岸線から泉佐野を経由し阪和自動車道へ。

 

 

 

車内風景
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みなべあたりで梅干し工場見学w(いかにもバスツアー)


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車内で昼飯の弁当をかっくらい、

 

車内で先達さんから西国の作法と経文の唱え方をレクチャーして頂いて、

 

 

那智のかまぼこセンターで買い物をし、


f:id:KOBANNAD:20170502175604j:imageよくわからない記念撮影もして、

 

 

 

 

いよいよ青岸渡寺へ。

 

 

 


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階段を467段登る。

 

 

 

 

途中左に行くと


f:id:KOBANNAD:20170502145955j:image那智大社に行く階段。

 

 

 

右へ行くと


f:id:KOBANNAD:20170502150036j:image目的の青岸渡寺

 

 


f:id:KOBANNAD:20170502150103j:imageご詠歌碑文

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170502150157j:image山門が見えてきた。

 

 

 

 

先達さんのご指導の元バスツアー総勢43名がみんなひとつになってお経を上げる。

 

本四国では経験したことがないからある意味新鮮。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170502150359j:image青岸渡寺納経印

 

 

 

そこから実は那智大社に隣接しているので下に降りずに参拝出来のです。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170502150555j:image那智大社御朱印

 

 

 

 

 

 

 

自由時間に記念撮影
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三重の塔
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そこから那智の滝へ。

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170502151156j:image御神体が那智の滝そのもの。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170502151242j:image御朱印

 

 

 

記念撮影再び


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青岸渡寺(せいがんとじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院。西国三十三所第一番札所。山号は那智山。本尊は如意輪観世音菩薩。

熊野三山の信仰が都の皇族・貴族に広まったのは平安時代中期以降であり、青岸渡寺および隣接する熊野那智大社についても創建の時期等については判然としない。伝承では仁徳天皇の時代(4世紀)、天竺(インド)から渡来した裸形上人による開基とされ、同上人が那智滝の滝壺で得た金製の如意輪観音を本尊として安置したという。後に推古天皇勅願寺となり、6世紀末 - 7世紀初に生仏聖(しょうぶつひじり)が伽藍を建立し、丈六の本尊を安置して、その胎内に裸形上人感得の如意輪観音を納めたという。以上はあくまでも伝承であるが、那智滝を中心とする自然信仰の場として早くから開けていたと思われる。中世から近世にかけて、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合修験道場であり、如意輪堂と称されたその堂舎は、那智執行に代表される社家や那智一山の造営・修造を担う本願などの拠点であった。

明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興した。寺号は秀吉が大政所の菩提を弔うために建てた高野山の青巌寺に由来すると言われる。(Wikipediaより)

 

 

20時過ぎにバスを下車。

 

 

 

 

 

 

で、今朝の話。

 

朝イチ市場に仕入れ行ってから、

 

 

【西国三十三観音霊場第24番札所 中山寺

に向かいました。

 

 

 


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さすが子安観音とも言われる中山寺

まさかの妊婦用に境内にエスカレーター完備w

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


真言宗中山寺派大本山。山号は紫雲山。本尊は十一面観音。西国三十三所第24番札所。

 

中山寺(なかやまでら)は、兵庫県宝塚市にある寺院。

本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられる。左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。普段は秘仏となっているが、毎月18日に開扉される。地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれている。

また、摂津国八十八ヶ所霊場会の本部も、設置されている。

寺伝では聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場。「極楽中心仲山寺」と称されていた。現在の本堂(慶長8年・1603年再建)や阿弥陀堂豊臣秀頼片桐且元に命じて再建した。羅漢堂には約800体の羅漢像が並ぶ。

安産祈願の霊場として皇室、源頼朝など武家、庶民より深く信仰を集めた。豊臣秀吉が祈願して豊臣秀頼を授かったとされる。また、幕末には中山一位局が明治天皇を出産する時に、安産祈願して無事出産したことから、日本唯一の明治天皇勅願所となり、安産の寺として知られる。

中山という山が背後にあり、山麓にある中山寺奥之院には厄神明王がまつられ、本堂脇にある湧水は大悲水と呼ばれている。中山寺の境内からは18丁、徒歩50分程度で参拝する事ができる。

毎月の戌(いぬ)の日は、安産祈祷会があり、安産を願い、また、鐘の緒(かねのお)(祈祷を受けた腹帯)の授与を求めて、日本各地から多くの参詣者が訪れる。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170502152708j:image西国三十三納経印

 


f:id:KOBANNAD:20170502152727j:image真言宗十八本山納経印

 


f:id:KOBANNAD:20170502152744j:image五大力不動納経印

 

 

 

 

 

写真撮ってないけど、西国の笈摺も始めてます。

 

 

 

 
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