洛陽三十三観音霊場

昨日の休みの話。

 

 

大阪京セラドームで「第13回関西かごしまファンデー」なるイベントに行くということで、

 

11時に大正駅で待ち合わせて

まぁ鹿児島の物産ブースで焼酎飲みまくり(試飲なのでタダ)、

同じ物産ブースで食べ歩き(糖質制限ダイエット中なので派手には食べてないけど)

 

そこから14時くらいにバスで大正の平尾まで移動して大正名物【沖縄ホルモン】食って、

母上を送りつつ天王寺に移動して、

ゲンゲンと銭湯行って帰ってきたんですが。

 

 

 

 

 

 

俺がそんな事だけでわざわざブログ書く訳は無いよなwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って事で、土曜日なんだかんだで仕事終わって部屋に帰り着いたのが丑三つ時の2時すぎ。

 

シャワー浴びて仮眠して6時頃に起きて、

京阪京橋駅へwwwwwwwwww

 

 

清水五条駅で下車。

向かった先は、

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417114420j:image

 

西国三十三観音霊場第17番札所
六波羅蜜寺

 

 

 

 

 

 

 

六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ)は、京都府京都市東山区にある真言宗智山派の寺院である。山号は補陀洛山。本尊は十一面観音。開基(創建)は空也西国三十三所第17番札所。

踊り念仏で知られる市聖(いちひじり)空也(くうや)が平安時代中期の天暦5年(951年)に造立した十一面観音を本尊とする道場に由来し、当初西光寺と称した。空也は疫病の蔓延(まんえん)する当時の京都で、この観音像を車に乗せて引きながら歩き、念仏を唱え、病人に茶をふるまって多くの人を救ったという。空也は応和3年(963年)に鴨川岸に僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を行ったが、この時をもって西光寺の創建とする説もある。当時、鴨川の岸は遺体の捨て場であり、葬送の場であった。

空也の死後、977年に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし、六波羅蜜寺と改称した。それ以降天台宗に属したが、桃山時代に真言宗智積院の末寺となった。平安末にはこの付近に、六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が営まれた。またのちに鎌倉幕府によって六波羅探題が置かれたのもこの付近である。

名称は仏教の教義「六波羅蜜」という語に由来するが、この地を古来「六原」と称したことに由来するとも考えられている。 なお、六波羅密寺とする表記が古今多く見られるが、誤字である。(Wikipediaより引用)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開門を待ってたら、

「ようお詣りで、今日の一番さんですな」

と、お声をかけて頂きました。

 

 

 

六波羅蜜寺さんは

 

【西国三十三観音霊場】第17番札所ですが

 


【洛陽三十三観音霊場】第13番札所でもあります。

 

 

 

 

 

洛陽三十三所観音霊場(らくようさんじゅうさんしょかんのんれいじょう)は、観音菩薩をまつる京都府京都市の三十三箇所の寺院からなる観音霊場。平安期に後白河法皇が定めたとされ、一時中断した後、2005年に復活した。江戸三十三箇所はこれを模して始まったという説を柳亭種彦が主張している。(Wikipediaより引用)

 

 

 

 

 

洛陽三十三観音霊場巡礼は京都だけですから比較的、お遍路や西国三十三観音霊場に比べると楽ですね。

初心者向け。

 

 

って事で初心を忘れない為にも


f:id:KOBANNAD:20170417115030j:image

洛陽三十三観音霊場巡礼もはじめることにしました!wwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

うむ。しかし結局

 

四国八十八箇所

四国別格二十霊場

西国三十三観音

真言宗十八本山

に加えて

洛陽三十三観音かぁ、かなり楽しくなってきたぞ!

 

 

 

コツメカワウソ「たーのしー!」
f:id:KOBANNAD:20170417115613j:image

 

 

 

 

 

まぁけものフレンズはおいといてwwwww

 
f:id:KOBANNAD:20170417115832j:image六波羅蜜寺の納経印。

西国と洛陽両方頂きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六波羅蜜寺からタクシーブッ飛ばして向かった先は

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417115728j:image
f:id:KOBANNAD:20170417115741j:image


西国三十三観音霊場第18番札所
洛陽三十三観音霊場第1番札所
頂法寺六角堂。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417115929j:image桜綺麗

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417115943j:imageなんでやねんwwwww

 

 

頂法寺(ちょうほうじ)は、京都市中京区にある天台宗系単立の仏教寺院。山号は紫雲山。本尊は如意輪観音秘仏)。西国三十三所第十八番札所。正式の寺号は頂法寺(山号を冠して紫雲山頂法寺)であるが、本堂が平面六角形であることから、一般には「六角堂」の通称で知られる。華道、池坊の発祥の地としても知られる。(Wikipediaより引用)

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417120449j:imageこちらでも西国と洛陽両方の納経印頂きました。

 

 

 

 

六角堂から阪急烏丸駅へ急ぐ。

特急に乗り高槻市駅へ。

 

普通列車に乗り換え向かった駅はそう【総持寺】駅。

 

 

 

 

 

 

 

って事で、


f:id:KOBANNAD:20170417120649j:image


f:id:KOBANNAD:20170417120659j:image馬は乗って来てないけどねwwwww


f:id:KOBANNAD:20170417120723j:image
f:id:KOBANNAD:20170417120732j:image


西国三十三観音霊場第22番札所 総持寺に到着致しました。

 

 

 

 


総持寺(そうじじ)は、大阪府茨木市にある高野山真言宗の寺院。山号は補陀洛山 (ふだらくさん)。西国三十三所第22番札所。本尊は千手観音。

当寺の草創説話は、助けた亀の恩返しと観音の霊験に関するもので、寺所蔵の縁起絵巻のほか、『今昔物語集』などにもみえる。それによると、開基藤原山蔭の父・藤原高房は、漁師たちが大亀を捕らえているのを見、「今日18日は観音様の縁日だから」と言って、亀を買い取って逃がしてやった。その日の夜、高房の子・山蔭は、継母の計略で船から川に落とされてしまった。父の高房はこれを悲しみ、観音に祈ったところ、高房が助けた亀が、山蔭を甲羅に乗せて現れたという。高房の没後、山蔭が報恩のため観音像を造立し祀ったのが当寺の起源だという。

寺伝では元慶3年(879年)頃、藤原山蔭が創建し、山蔭の三回忌の寛平2年(890年)に伽藍が完成したとする。(Wikipediaより引用)

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417121022j:image
総持寺さんの西国納経印。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170417121049j:image今日の3ヵ寺のカラー御影

 


f:id:KOBANNAD:20170417121152j:image散華

 

 

 

で、11時には大正駅に余裕で間に合っていた俺wwwwwwwwww

 

ちなみに一人でした。

 

ゲンゲンは連れて行ってませんwwwwwwwwwwwwwwwwwwww