神無月の京都

夏アニメも大抵終わり、ボチボチ秋アニメが始まりますね。

 

夜はもう肌寒いくらいですが、日中はまだ若干暑さを感じる今日この頃皆様いかがお過ごしでしょうか、KOBANNADです。

 

 

 

10月ですねぇー、いわゆる神無月。

今月25日はアタシの43回目の誕生日( *・ω・)

ちなみに誕生日プレゼントは365日24時間いつでも何回でも受け付けておりますので、金目のモノを宜しくお願い致します(巡礼ブログ書いてるヤツのセリフじゃねぇな)

 

 

 

 

 

閑話休題

先日1日の日曜日は前日が月末棚卸しだの月締め業務があったりしまして。

帰って風呂に入った時点で夜中3時。

 

 

なのに4時間後の7:30頃には家を出発して、

京橋から京阪乗って一路京都へ。

 

 

まずは

洛陽三十三観音霊場第17番札所

蓮華王院・三十三間堂

 

 



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三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は京都府京都市東山区にある寺院の仏堂。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)。同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂。本尊は千手観音で蓮華王院は千手観音の別称蓮華王に由来する。

 

この地には、もともと後白河上皇離宮として建てた法住寺殿があった。その広大な法住寺殿の一画に建てられたのが蓮華王院本堂、今に言う三十三間堂である。

上皇平清盛に建立の資材協力を命じて旧暦の長寛2年12月17日(西暦1165年1月30日)に完成したという。創建当時は五重塔なども建つ本格的な寺院であったが、建長元年(1249年)の火災で焼失した。文永3年(1266年)に本堂のみが再建されている。現在「三十三間堂」と称される堂がそれであり、当時は朱塗りの外装で、内装も極彩色で飾られていたという。建築様式は和様に属する。

桃山時代には、豊臣秀吉の東山大仏(方広寺)造営により、三十三間堂もその境内に含まれ、周囲の土塀や門などが整備された(『伽藍』の項参照)。

三十三間堂」の名称は、間面記法による表記「三十三間四面」(#構造)に由来する。「33」は観音に縁のある数字で、『法華経』等に観音菩薩が33種の姿に変じて衆生を救うと説かれることによる。俗に「三十三間堂の仏の数は三万三千三十三体」というのは、本尊と脇仏の一千一体がそれぞれ33に化身するからである。

江戸時代には各藩の弓術家により本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る「通し矢」の舞台となった。縁の北端に的を置き、縁の南端から軒天井に当たらぬよう矢を射抜くのである(右上浮世絵画像参照)。「通し矢」の名もこの「軒下を通す」ということからきている。強弓を強く射なければ到底軒下を射通すことができない。それゆえ弓術家の名誉となったのである。その伝統に因み、現在は「楊枝のお加持」大法要と同日(1月中旬)に、本堂西側の射程60mの特設射場で矢を射る「三十三間堂大的全国大会」が行われる。弓道をたしなむ新成人参加者が振袖袴姿で行射する場面は、しばしばニュース番組等で取り上げられる。一般的には「通し矢」と呼ばれているが、60mは弓道競技の「遠的」の射程であり、軒高による制限もないから、かつての通し矢とはまったく違うものである。

三十三間堂について次のような伝承がある。後白河上皇は長年頭痛に悩まされていた。熊野参詣の折にその旨を祈願すると、熊野権現から「洛陽因幡堂の薬師如来に祈れ」とお告げがあった。そこで因幡堂に参詣すると、上皇の夢に僧が現れ「上皇の前世は熊野の蓮華坊という僧侶で、仏道修行の功徳によって天皇に生まれ変わった。しかし、その蓮華坊の髑髏が岩田川の底に沈んでいて、その目穴から柳が生え、風が吹くと髑髏が動くので上皇の頭が痛むのである」と告げた。上皇が岩田川(現在の富田川)を調べさせるとお告げの通りであったので、三十三間堂の千手観音の中に髑髏を納め、柳の木を梁に使ったところ、上皇の頭痛は治ったという。「蓮華王院」という名前は前世の蓮華坊の名から取ったものであるという。この伝承により「頭痛封じの寺」として崇敬を受けるようになり、「頭痛山平癒寺」と俗称された。

なお、これより前、後白河上皇の父・鳥羽上皇平清盛の父の平忠盛の寄進により、鴨東白河に聖観音をまつる得長寿院千体堂(三十三間堂、文治地震で倒壊したとされる)を営んでいる。2人の上皇がいずれも平氏の棟梁の寄進により寺院を造営していることは、平氏隆盛の一因として留意する必要がある。Wikipediaより

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20171003100936j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから少し歩いて

 

真言宗智山派総本山

真言宗十八本山第7番札所    智積院

 

 


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朝から行くと総本山とはいえほとんど人が居なくてここが京都やということさえ忘れるくらい凛とした雰囲気の中、

真言宗ですから本四国の作法に則ってお経を上げさせて頂きました。

 

 

 

 

 

 

 

 智積院(ちしゃくいん)は、京都市東山区にある真言宗智山派総本山の寺院である。山号を五百佛山(いおぶさん)、寺号を根来寺(ねごろじ)という。本尊は金剛界大日如来、開基は玄宥である。智山派の大本山寺院としては、千葉県成田市成田山新勝寺(成田不動)、神奈川県川崎市川崎大師平間寺(初詣の人出で例年日本一を争う)及び東京都八王子市の高尾山薬王院がある。寺紋は桔梗紋。

智積院の歴史は複雑で、紀州にあった大伝法院と、豊臣秀吉が、3歳で死去した愛児鶴松のために建てた祥雲寺という2つの寺が関係している。

智積院は、もともと紀州根来山(ねごろさん、現在の和歌山県岩出市)大伝法院(根来寺)の塔頭であった。大伝法院は真言宗の僧覚鑁が大治5年(1130年)、高野山に創建した寺院だが、教義上の対立から覚鑁高野山を去り、保延6年(1140年)、大伝法院を根来山に移して新義真言宗を打ち立てた。智積院南北朝時代、この大伝法院の塔頭として、真憲坊長盛という僧が建立したもので、根来山内の学問所であった。

近世に入って、根来山大伝法院は豊臣秀吉と対立し、天正13年(1585年)の根来攻めで、全山炎上した。当時の根来山には2,000もの堂舎があったという。当時、智積院の住職であった玄宥は、根来攻めの始まる前に弟子たちを引きつれて寺を出、高野山に逃れた。玄宥は、新義真言宗の法灯を守るため智積院の再興を志したが、念願がかなわないまま十数年が過ぎた。

関ヶ原の戦い徳川家康方が勝利した翌年の慶長6年(1601年)、家康は東山の豊国神社(豊臣秀吉が死後「豊国大明神」として祀られた神社)の付属寺院の土地建物を玄宥に与え、智積院はようやく復興した。さらに、三代目住職日誉の代、元和元年(1615年)に豊臣氏が滅び、隣接地にあった豊臣家ゆかりの禅寺・祥雲寺の寺地を与えられてさらに規模を拡大し、山号を現在も根来に名を残す山「五百佛山」、復興後の智積院の寺号を「根来寺」とした。

祥雲寺は、豊臣秀吉が、3歳で死去した愛児鶴松(棄丸)の菩提のため、天正19年(1591年)、妙心寺の僧・南化玄興を開山に招いて建立した寺であった。現在、智積院の所蔵で国宝に指定されている長谷川等伯一派の障壁画は、この祥雲寺の客殿を飾っていたものであった。

この客殿は天和2年(1682年)の火災で全焼しているが、障壁画は大部分が助け出され、現存している。現存の障壁画の一部に不自然な継ぎ目があるのは、火災から救出されて残った画面を継ぎ合わせたためと推定されている。

近代に入って1947年にも火災があり、当時国宝に指定されていた宸殿の障壁画のうち16面が焼失した。この時焼けた講堂は1995年に再建された。講堂再建に先だって、1992年に発掘調査が実施されたが、その結果、祥雲寺客殿の遺構が検出され、日本でも最大規模の壮大な客殿建築であったことがあらためて裏付けられた。Wikipediaより

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20171003101648j:image納経印

 

そういえばこちらの納経所の寺男さんには

「朝からようお参りでした、ご苦労様でした、ありがとうございました。」

 

気持ちが良かった。

 

「いえいえ私も良いお参りさせて頂きました、こちらこそありがとうございました。」

 

お礼を述べてお寺を後に。

 

 

 

 

 

 

本日のいちばんの目的。

京都に来た理由。

 

 

実は以前華厳寺~名古屋に行って最後に万松寺で納経印頂いた時に二冊目の納経帳が終わってまして、

 

そこからは四国、西国の巡礼ばっかで三冊目の納経帳を作ってなかったのですよ。

 

 

で、色々とオリジナルご朱印帳を調べてこれにしよう!と思ったのが。

 

 

 

 


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こちら【六道珍皇寺】さま。

 

 

 

 

 

 六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ、ろくどうちんこうじ)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。山号は大椿山。本尊は薬師如来。8月7日 - 10日の「六道詣り」、小野篁が冥界に通ったと伝わる井戸で知られる。通称「六道さん」。この付近が「六道の辻」であるとされる。

 

この寺の所在地付近は、平安京の火葬地であった鳥部野(鳥辺野)の入口にあたり、現世と他界の境にあたると考えられ、「六道の辻」と呼ばれた。「六道の辻」は五条通(現在の松原通)沿いの六道珍皇寺門前やその西方の西福寺付近とされている。

創建は延暦年間(782年〜805年)とされ、開基は、奈良の大安寺の住持で弘法大師の師にあたる慶俊とされる。異説として空海(「叡山記録」ほか)や小野篁(『伊呂波字類抄』『今昔物語集』)などとする説のほか、かつてこの地に住した豪族鳥部氏の氏寺(鳥部寺、宝皇寺)がその前身であるともいう。さらに東寺百合文書の「山城国珍皇寺領坪付案」という文書(長保4年・1002年)には、珍皇寺は承和3年(836年)に山代淡海が創建したとある。

藤原道長の日記『御堂関白記』長保6年3月12日(1004年4月4日)条にある「珎光寺」は珍皇寺を指すとみなされる。近世の地誌類には「珍篁寺」と書かれることもあり、寺号は本来「ちんのうじ」ではなく「ちんこうじ」と読まれていたと考えられている。珍皇寺には念仏寺、愛宕寺(おたぎでら)などの別称もあり、『伊呂波字類抄』『山城名跡巡行志』は、珍皇寺の別名を愛宕寺とするが、愛宕寺が珍皇寺と念仏寺に分かれたともいう。東山区松原通大和大路東入る弓矢町(珍皇寺の西方)には念仏寺という寺があったが、大正年間に右京区嵯峨鳥居本に移転した(愛宕念仏寺の項を参照)。

鎌倉時代までは東寺の末寺として多くの寺領と伽藍を有したが、南北朝時代以降、寺領の多くが建仁寺の所有に転じたことと戦乱により衰退し、中世後期の寺史はあきらかではない。貞治3年(1364年)、建仁寺から聞溪良聰が入寺して再興、この際に臨済宗に改められた。明治に入り一時建仁寺に併合された時期もあったが、明治43年(1910年)に独立した。Wikipediaより

 

 

 

 

 

 

 

こちらの閻魔堂にあります閻魔像が表紙に描かれた


f:id:KOBANNAD:20171003102845j:imageカッコいい!


f:id:KOBANNAD:20171003102909j:image納経印もカッコいい❗

 

 

 

 

ちょっとミーハーなご朱印ガール並みのノリで失礼いたしました(^q^)

 

 

 

 

 

そこから東へ向かい、高台寺の手前にあります

 

洛陽三十三観音霊場第9番札所 青龍寺

 


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青龍寺(せいりゅうじ)は、京都市の東山のふもと、高台寺の山門前、清水寺から八坂神社に通じる観光ルートの一角にある浄土宗の寺で、洛陽三十三所観音霊場第九番である。山号は見性山。本尊は聖観音菩薩。霊山道に面して(法観寺八坂の塔の北側)北向き簡素な寺門。くぐり戸を入ると、左手に西面して本堂がある。

当寺は、桓武天皇の勅命によって長岡京近郊に創建され、平安遷都により現在地に移された。昔から「伽羅(きゃら)観音」の通称で広く信仰を集めてきた本尊の聖観音は、本堂正面に安置されており、身の丈約1メートル、細身の優雅な立ち姿である。寺伝によると、唐の徳宗皇帝から献上された伽羅木を、桓武天皇伝教大師最澄)に命じて彫刻された。

本堂前の小さな庭に、長さ1メートル、幅50センチほどの石が据えられている。法然の門弟・見仏が後白河天皇追善回願のため、法然を招いて六時礼讃を勤めたとき、同じく門弟の住蓮が鉦の代わりに叩いたという念仏石で、隕石との言い伝えもあり、名物となっている。大小二つあって、小さい方は本堂内に保存されており、打つとカーンと金属性の音がする。また、境内墓地には、勤王の志士・近藤正慎(義重)の墓がある。Wikipediaより

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20171003103320j:image納経印

 

 

 

 

 

更に歩いて京阪祇園四条へ向かう道中に

 

 

洛陽三十三観音霊場第16番札所 仲源寺

 

 

 

 

 


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仲源寺(ちゅうげんじ)は、京都市東山区にある浄土宗の寺院。山号は寿福山。本尊は地蔵菩薩で、目疾(めやみ)地蔵とも称されて眼病に霊験があるとして信仰されている。また、観音堂の千手観音は洛陽三十三所観音霊場第十六番札所である。

 言い伝えによれば、この寺は平安時代中期の仏師定朝(?~1057年)が開山となって開かれたとも伝えられ、当初は四条橋の東北にあったとされる。鎌倉時代の1228年(安貞2年)鴨川が大雨で洪水となり、防鴨河使となった中原氏がこの地蔵尊に止雨を祈ったところ雨がやんで洪水も治まったことから、朝廷から「仲源寺」の寺号を下賜されたという。1585年(天正13年)現在の寺地へ移された。Wikipediaより

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20171003103653j:image納経印

 

 

 

 

 

 

京阪祇園四条駅から再び京橋に戻るんですが、

最近出来た京阪の特急の有料指定車両

プレミアムカー

とやらに乗ってみました。

 


f:id:KOBANNAD:20171003103836j:imageおぉ!カッコいい❗

 

 


f:id:KOBANNAD:20171003103903j:image中は広い&シートもゆったり

 


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リクライニング&スマホ充電出来るシート。

 

なんならスマホの充電器やブランケットまでレンタルしてくれます。

 

 

これで乗車券+500円(祇園四条~京橋)!

 

もう俺京都行く時ずっとコレにする!

 

 

ウザいのよ、チャンコロ観光客とかマナーの悪い連中とか。

京阪もなかなか客層タチ悪いの多いからねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはさておき

で、大阪帰って来て向かったのは

和宗総本山

新西国霊場第1番札所 

言わずと知れた 四天王寺

 

 


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f:id:KOBANNAD:20171003104540j:image納経印の取り扱い数がパネェw

  

 

 

今回は新西国の納経を頂きました。

 

 


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KOBANNADの納経帳のいちばん初めてのスタートはこちら四天王寺さまですからねぇ。

 

 

 

 

四天王寺(してんのうじ)は、大阪市天王寺区四天王寺にある寺院。聖徳太子建立七大寺の一つとされている。山号は荒陵山(あらはかさん)、本尊は救世観音菩薩(くせかんのんぼさつ)である。「金光明四天王大護国寺」(こんこうみょうしてんのうだいごこくのてら)ともいう。

 

日本書紀』によれば推古天皇元年(593年)に造立が開始されたという。当寺周辺の区名、駅名などに使われている「天王寺」は四天王寺の略称である。また、荒陵寺(あらはかでら)・難波大寺(なにわだいじ)・御津寺(みとでら)・堀江寺(ほりえでら)などの別称が伝えられている。

宗派は天台宗に属していた時期もあったが、元来は特定宗派に偏しない八宗兼学の寺であった。日本仏教の祖とされる「聖徳太子建立の寺」であり、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年に「和宗」の総本山として独立している。Wikipediaより 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

で、本日のもうひとつの大きな目的。

四天王寺さまの近くにあります

 

【仙福南陽堂】さんへ。

 

 
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こちらは西国、四国の巡礼用品もさることながら。

納経軸の表装で有名なお店です。

 

 

 

ウチのアルバイト(19歳元引きこもり)が来年から西国霊場巡礼始めるらしいので、

先達としては納経帳の1冊も買ってやろうかな、と。

 

 

何より自分が回ってる四国別格20霊場の数珠玉を表装してくれる店を探してたので。


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今月末で結願なので数珠玉持って来るから宜しくね、と奥様にお願いしてきました(^q^)

 

 

いっぽ一歩堂さま共々今後も色々とお世話になりそうですな。

2017年9月四国お遍路その2(別格12番延命寺~別格15番箸蔵寺)

おいすー!

おいすー!

 

てめぇら声がちっちぇなー!

 

おいすー!

おいすー!

 

うるせぇ、静かにしろ!

 

 

 

 

どうも、懐かしの「8時だよ!全員集合!」

いかりや長介さんのベタベタのネタが未だに大好きKOBANNADです。

 

 

幾分涼しくなってまいりましたね。

ウチの店ではおでんがボチボチ好評で、

名物の【海鮮たっぷりちゃんこ鍋】もはじめました。

 

 

 

さて先週末24日のに今月2度目の遍路に行ってまいりました!

 

ゲンゲン寝過ごして15分くらい遅刻してスタートが遅れたのはナイショにする気もありません、むしろゲンゲンに皆様説教の一つでもかましてやって下さい。

 

 

 

 

 

前回で本四国の愛媛は全て打ち終わったと言いましたが、

 

 

実は別格霊場の愛媛が3ケ寺残って居まして、今回はそちらから回らせて頂きました。

 

 

もう早朝は寒いくらいでしたので、いつもの巡礼用のTシャツの下に長袖シャツを1枚着こんで。

 

 

 

っと、その前に少し余談。

 

 

車遍路の場合

 

徳島~室戸岬周辺(1番~26番)は普通に徳島県から南下して巡礼します。

 

高知市~香川観音寺手前(27番~67番)くらいまでは一気に徳島道四国中央市川之江あたりまで走らせ南下して高知道もしくは西向して松山道に向かう感じで巡礼してきました。

 

 

徳島道川之江東ジャンクションより徳島寄りにある【吉野川SA】を我々は頻繁に使ってきました。

 

 

大阪から吉野川SAまでほぼ毎回ノンストップで走り(約2時間強)ここで休憩+軽めに朝ごはん。

ここのデイリーヤマザキのコロッケパンとミンチカツパンが私のお気に入り。

ゲンゲンはもも蒸しパンをちょいちょい買ってましたね。

朝6時くらいから焼きたてパンも色々売りだしますし。

 

 

 

ここのSAは土産物も充実してますし、以前にもブログで紹介したとは思いますが、遍路用品も取り扱いがあったりと色々と便利でした。

 

 

 

おそらく今回でしばらく吉野川SAに立ち寄ることはなくなるので、なんとなくしんみり。。。

 

ゲンゲンは来年は西国三十三観音巡礼に集中するし、

アタシは基本的に歩き遍路になるので。

 

 

 

そんな吉野川SAを過ぎて、

 

 

今回はまず

四国別格霊場第12番札所  いざり松 延命寺

 


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大師堂の中に納経所がありまして。

 

本堂お参りして大師堂に向かっても少し早くてまだ開いてなかったのはご愛敬w

 

 

 

そうこうしてる間にご住職登場。

大師堂でいつも通りお経上げてお参り→納経

 

こちらのご住職も前回の南光坊さんのご住職に負けず劣らずファンキー……じゃなくてフレンドリー。

 

色々とお話させて頂きまして楽しいひとときを過ごせました。

最後には「遠いとこようお参りでした、ありがとうございました」と。

お寺の方にありがとうと言われると本当に恐縮してしまいます。そして同時に本当に心がスーっと落ち着いて安らかな気持ちになれますね。

 

 

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170928103737j:image納経印

いざり松のオリジナルスタンプが可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてゲンゲンの大好きな山道をひた走る。

 

別格は山寺が結構あります。

 

 

 

 

 

 

 

前回に行った65番三角寺奥の院にあたります

四国別格霊場第13番札所 仙龍寺

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170928103834j:image上まで歩きます
朝の凛とした雰囲気の中の山寺は気持ちが本当に引き締まる+気持ち良い!

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは本堂お参りはなんと建物の中に入れるんです!


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あ、手水場は外にあるんで済ませてから参拝下さいね。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928104130j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして更に山道をひた走るひた走る

 

 

 

四国別格霊場第14番  椿堂

 

 


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ご本尊はお地蔵さま。

 


f:id:KOBANNAD:20170928104617j:image納経印

 

こちらの納経所の女性の方は非常に丁寧な対応をして頂いて素晴らしく嬉しい想いをすることが出来ました。

前回があまりに酷い寺がありましたから余計に心に沁みましたわ。

 

 

 

ちなみに四国遍路では、巡礼の間に着て歩く【笈摺(おいずる)】という白衣があります。
普通は朱印を賜る笈摺は別途あるんですが、

本四国88ケ寺のうち
第20番札所霊鷲山 鶴林寺
第39番札所赤亀山 延光寺
そして別格20ケ寺では
第14番札所邦治山 椿堂

上記3ケ寺にて
鶴林寺→鶴
延光寺→亀
椿堂→椿
ご朱印を巡礼用の着て歩く笈摺に賜る事が出来ます。

後はセコい話ですが、
本四国第1番札所 霊山寺で巡礼用の笈摺を購入した場合のみ貰えるそうですw
余所で買った笈摺にはしてもらえないという話も、他のお遍路さんから聞きましたw

 

 

 


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正直この話を知った時は既に鶴林寺どころか延光寺すら打ち終わった後でしたので、

こちらが先になりました。

 

 

 

 

 

 

さて、車は一路やっと香川へ

 

 

 

四国別格霊場第16番札所 萩原寺

 


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こちらは萩の花が有名だそうで、秋の彼岸の真っ最中ということもあり観光客だらけでした。

 

 

そういった背景で納経所で四国では珍しいトラブルに遭遇しました。

 

 

 



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四国の霊場は本四国、別格共に納経帳は基本的にいちばん左のサイズです。

ちょうど習字の半紙1枚のサイズです。

真ん中や右のがいわゆるよくあるご朱印帳のサイズ。

 

 

納経所に入ったら老夫婦がおられたんですが、

近頃のご朱印ブームで奥さんがスタンプラリー……………じゃなかったご朱印集めをして旦那さんも一緒にやってる感じのw

 

普通のご朱印帳出して納経してもらってるのは良いんですよ、別に。

 

旦那さんの方がご朱印帳忘れたのか書き置きをくれと、無いなら書けと。

 

 

納経所のおばちゃん(大阪のトラやら豹柄のシャツが非常に似合いそうなキャラ)は普通に四国サイズのいわゆる半紙に書かれた書き置きを持って来ますわな。

 

そこでジジイがキレるんすよね、

「普通はこんなサイズやない!」

って言うてね。

 

 

納経所のおばちゃんが説明してるのに聞く耳持って無いんすよね。

 

 

で、アタシとゲンゲンの後ろにもだんだん人増えて並んでるんですよぬ。

 

 

 

「おっちゃん、エエ加減にしぃ。おっちゃん普通や普通や言うてるけど、ハッキリ言うたら四国じゃこっちが普通や。ましてやここのお寺は札所や。ワシらみたいに遍路が来る寺や。後ろ見てみい、皆さんこのサイズの納経帳持ってはるやろ。ご朱印帳ちゃうねん納経帳や、それの意味も違いも分からんのやろ。」

 

 

すいません思わず説教かましてしまいましたwwwwwww

 

 

いや、正直ウチの店の客でもおるんすけど人の話を聞かない自分が常に正しいと思い込んでる哀れな年寄りって多いんすよ。

老害って言うてね、嫌いなんですわ。
 

 
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まさにこれ。

 

 

ジジイ結局キレてもうええ言うて出ていきましたけどね。

ドラマでよくある素晴らしい逃げっぷりでしたw

 

 

まぁアタシの修行が足りないんですけど、そういったのを見過ごすのもどうかと思うんですよ。

 

納経所のおばちゃんには「にいちゃんありがとう」って言ってもらえたのでプラマイゼロやと勝手に思っておくことにします。

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928112244j:image納経印

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよ本四国讃岐國第1の関所

なのに徳島県にあるという、88箇所全札所最高の高さにあります

本四国第66番札所  雲辺寺

 

 

 

に、行くロープウェイ!うぇーい!

 


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21番太龍寺と同じ会社が運営してるとの事ですが、ここの従業員は田舎ヤンキーくずれの茶髪の汚ならしいおばちゃんばっかです(笑)

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170928112731j:image天気はくもり山には霧。


 


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f:id:KOBANNAD:20170928113051j:image五百羅漢は圧巻


f:id:KOBANNAD:20170928113458j:imageウチの社長に似てるw

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170928113143j:image山門も圧巻




 


f:id:KOBANNAD:20170928113211j:image雲辺寺名物おたのみなす

 

願いを一つ念じて茄子に座ると「願いを成す」という。

 


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f:id:KOBANNAD:20170928113412j:image山寺はやっぱり良い。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928113606j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

再びロープウェイを下り下界へと走ります、

 

 

ロープウェイの土産物屋で近頃ハマってるソバふりかけとお土産の雲辺寺薄皮饅頭を買って。

 

 

 

 

 

本四国第67番札所  大興寺

 


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f:id:KOBANNAD:20170928114025j:imageあぁ修行大師さまや



f:id:KOBANNAD:20170928114058j:image「ようきたな。」


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ご家族4人でお父さんお母さん小学生くらいのお姉ちゃん幼稚園くらいの妹さんの家族連れのお遍路さんと遭遇。

 

子供ながらにちゃんと般若心経上手に唱えるんですよ!

 

 

 

 

 

お経をきちんと上げれて遍路の作法も理解して実践出来る小学生の女の子

 

自分がご朱印帳忘れた挙げ句思い通りにいかなければお寺の納経所でキレるジジイ

 

 

アタシは本当に歳食ってるからだけで人間を判断して良いのかと思いますけどね。

 

 

まぁこの場合腐った年寄りよりもこの少女とその親御さんを褒めるべきでしょうしね。

 

本当に気持ちが良かった。お大師さまからまた素晴らしい出会いを頂きました。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928114745j:image納経印

 

その女の子は納経所でもきちんと挨拶もしてじっと納経待ってましたよ。

 

 

 

 

 

さて、ここから次は四国の中でも有名な

【一所二札所】

同じ敷地に2つの札所があります

観音寺 神恵院に向かうのですが、

 

 

道中に私個人的に観音寺ではNo.1だと思ってますうどんの銘店

【カマ喜ri】さんに向かいました。

 

売り切れたら閉店。開いてるのは11:00~15:00とかなり食べるのに限りがあるお店なのでw

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170928115247j:image着いたのは11:30くらいだったかな。

もう満席+待ち客5組wwwwwww

 

 

 

意外と早く席が空いて案内されて注文出来たけど、ひとまずうどんの前におでんをつまむ。
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ゲンゲンは特製の

「冷やし肉ぶっかけ」の特盛と天ぷらを
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アタシは同じく冷やし肉ぶっかけの大盛
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と、釜揚げの大盛wwwwwww
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と、天ぷら(写真忘れた)

 

いや、ホンマ美味いのよ。

 

 

 

 

 

 

さて、お腹のふくれたデブ遍路二人は

 

本四国第68・69番札所

神恵院・観音寺

 


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f:id:KOBANNAD:20170928120037j:imageこの本堂はなかなか珍しい
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さっきの家族遍路さんたちとは入り口近くでお会いしました、そりゃ俺たちメシ食ってたもんなwwwwwww

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170928120431j:image納経印

 

 

入り口近くの売店&軽食所にはここのオリジナル巡礼用品売ってました。

自転車遍路用のサイクルジャージ笈摺はちょいと欲しかったけど高かったwwwwwww

 

 

 

 

 

 

更に本四国第70番札所 本山寺

 

 

やはり彼岸の真っ最中でこちらも観光客だらけでした。
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境内は出店、屋台が結構w

 

 

そうそう、ここの駐車場のおっちゃんがめっちゃ丁寧なおっちゃんでした。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928120925j:image納経印

 

 

 

 

 

さて、再びゲンゲンの大好きな山道へ。

 

 

四国と言えば遍路と並んで有名な

こんぴらさんがあります。

 

四国別格霊場第15番札所 箸蔵寺さまは

【こんぴら奥の院

とも呼ばれるパワースポットでもあります。

 

 

 

 

 

って事で箸蔵寺

 

 

 

 

 

 

に向かうロープウェイうぇーい!


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f:id:KOBANNAD:20170928121304j:image太龍寺雲辺寺のロープウェイと比べるとゴンドラ自体は小さいです。



 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170928121452j:image階段キツいよ
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箸蔵寺のガイドのおっちゃんが居てまして。

 

アタシとゲンゲンにずっと付きっきりで色々と説明して頂きました、ありがとうございました。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928121632j:image背中に【箸】の文字が入ってるんすよね、カッチョいい!

 

ただ【アニマル・ミステリー・ガイド】という称号はどこから来たのかが謎のままでしたwwwwwww

 

 


f:id:KOBANNAD:20170928121828j:imageご本尊 金比羅大権現



 

 

実は箸蔵寺から吉野川SAって近いんで、

吉野川SAには温泉もあったりしまして。

ETC装備してるとSAから徳島道に乗れたりもするので、

吉野川SA寄り納めといわんばかりに温泉浸かって土産物買って、

 

徳島道→淡路→本州といつもの帰宅ルート。

 

 

 

 

 

さすがに寝過ごしてアタシを待たせただけあるのか、いつもなら仮眠休憩が必要なゲンゲンですが今回は最後まで起きてました。

 

 

ゲンゲンの寝顔はそういった事情で今回はありません、デブ専ホモのゲンゲンファンの方々にはご迷惑をおかけしますm(__)m

 

 

 

っていうか淡路~東灘あたりまでが異様なほど渋滞で。

 

お約束通りアタシは爆睡かましておったとさ、めでたしめでたしwwwwwww

 

 

 

 

次回は10月15日です!

 

2017年9月お遍路その1(60番横峰寺~65番三角寺)

 

 

どうも皆様ご無沙汰しておりますKOBANNADです。

 

いよいよ年末の忘年会シーズンに向けての、秋冬メニュー&コース、今年の鍋なんかの打ち合わせ&試作等でここんとこ珍しく立て込んでおりましたアタクシ(^q^)

 

 

 

我々の業界ではやはり年末は稼ぎ時ですので。

 

 

11月も半ば過ぎからほぼ年末まで休みの無い過酷な日々が始まろうというお話。

 

まぁ以前から言ってたみたいにそれでも今年のうちに四国88箇所を打ち終わる為にはもう日程が足りないので、

この9月10月は毎月2回ずつ遍路に行くことにしとります。

 

 

 

で、先日10日に行ってまいりました。

 

 

 

 

土曜日がちょいと後半暇すぎて、

いつもより一時間近く早めに仕事を上がり、

近所の銭湯&ラーメン屋&仮眠40分

という今回はかなりゆったりとしたスタートを切る事が出来ました。

 

 

 

 

 

 

仕事終わる→ダッシュで帰宅→シャワー→出発

みたいなパターンばっかでしたからねぇ。

室戸岬に行く頃から早めに出ていかないと時間が足りない+距離長いみたいなwwwwwww

 

 

 

今回はもう今治中心に動くので出発時間自体もいつもより一時間遅く出てますから、

色々と楽にはなってきてるのですよ、慣れてきたのもあるとは思いますけど。

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回の行程。

前回53番圓明寺まで終わってますので

54番延命寺から、と行きたかったのですが

45番岩屋寺と並ぶ愛媛最大の難所60番、石鎚山の中腹にあります横峰寺へ。

 

 

 

 

 

難所の山寺は朝イチに行く

四国をスムーズに回る為の我々なりの鉄則です。

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919071903j:imageとにかく山道が険しい+通行料金1800円というw

 


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朝の凛とした空気の中ゲンゲンと山道を歩いて気持ち良く参拝させて貰って納経所に向かうと、

 


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ご存知の方もおられるとは思いますが、

実は62番の宝寿寺さんは四国88箇所霊場会と揉めて裁判沙汰にまでなって今は霊場会に所属してない状態なんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

↓↓↓↓

 

 

お遍路訴訟、62番札所の脱退認める 霊場会の請求棄却

四国遍路の札所寺院などでつくる「四国八十八ケ所霊場会」(香川県善通寺市)が、62番札所宝寿(ほうじゅ)寺(愛媛県西条市)の住職を相手取り、納経所運営要領の順守と未払いの会費の支払いを求めた訴訟の判決が(2017年3月)22日、高松地裁丸亀支部であった。小川雅敏裁判長は霊場会側の請求を退け、宝寿寺の主張通り、同寺の霊場会からの脱退を認めた。四国八十八カ所の寺院が霊場会から脱退するのは初めて。

霊場会は、四国八十八カ所巡りの寺院からなる任意団体で、正会員はそれぞれの寺院の住職。訴状によると、宝寿寺の住職は運営要領で午前7時~午後5時とされている納経所の受付時間を短縮したほか、参拝者に本尊が描かれた御影を授けなかった。また、会費72万円が未払いという。

裁判で宝寿寺側は「霊場会を脱退しており、要領に従う必要も会費を支払う義務もない」と主張した。

判決は、霊場会への入会手続きを定めた規定はないとしたうえで、「宝寿寺の住職であることをもって霊場会の正会員であるとは認められない」と判断。仮に入会していたとしても「退会の手続きについて特段の定めがない」として、住職が電話で不参加を連絡したことから退会が認められるとし、霊場会側の訴えを棄却した。

(2017年3月22日朝日新聞デジタル記事より)

 

 

 

 

 

 

 

正直、四国遍路をやると決めた時にこの問題は頭の片隅にずっとありました。

 

あー、いよいよ現実になってきたなぁ。

 

そんな感じでしたね。この時は(意味深)

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919073128j:image納経印

 

 

 

 

ここから通常ルートへ。

 

 

 

 

第54番札所 延命寺

 

 

 


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やっぱり朝のお寺は気持ち良い!

 

今治の町並みも良いなぁ。やっぱり四国は良いなぁ。そんな話をゲンゲンとしてましたね。この時までは(意味深)

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919073652j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に第55番札所 南光坊

 

こちらは四国88箇所で唯一お寺の名前に【~寺】と付かないのが有名です。

 

 

 


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納経所にてご住職さまと色々お話をさせて頂き、

 

ゲンゲンに至っては

「仕事の先輩にお遍路に誘ってもらえるなんて素晴らしい事ですよ」

と言ってもらった挙げ句に、

納経帳にわざわざ直筆で名前まで書いて貰えるというありがたいご縁を頂きました。

 

ものすごいフレンドリーな楽しいご住職で、

錦の納め札まで頂いてしまいました。

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170919074539j:image達筆。

 

 

 

 

 

この時も本当にいつものように気持ち良く巡礼をしてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

第56番札所 泰山寺

 

 

 


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ここからでした。

正直な話。

 

今回は非常に気分が悪い&初めてやいうくらい四国でイライライライライライライライラした巡礼でしたね。

 

 

 


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【バスツアー】遭遇。

 

 

 

秋のシーズンやから覚悟はしてたけど

「来たか」って感じでしたね。

 

この時大小合わせて3つのツアーとブッキング。

 

 

 

しかもうちそのツアー客のババアが、手水場で柄杓に直接口をつけてた。。。

 

 

 

やたらと場所取ってんだろ、

やたらと鈴やら鐘やら鳴らして読経すっからうるせぇんだろ、

納経所にゃ山ほど納経帳積み上げて場所も時間も取ってんだろ、

【センダツさん】付いてんだろ!

 

 

作法のひとつもまともに教えれないで、何がセンダツだ!

 

 

 


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後、思ったのは愛媛は特になんやけど、

 

本堂大師堂よりも納経所が大きくてキレイなお寺多いよなぁ………。

 

 

 

頭の中に西国同様観光寺というか金の匂いがチラホラチラホラ。

 

 

修行足らん、気持ち切り替えて行こう。

ゲンゲンと二人話して次のお寺へ。

 

 



f:id:KOBANNAD:20170919080442j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスツアーより早く寺へ

 

 

車を走らせます。

 

 

車の中で自分に問う。

 

 

 

気持ち良く本尊さまお大師さまにお会いして、

自分の内なるものと向き合いたい

 

 

ただそれだけで寺社仏閣を回って、

巡礼をしてるだけなのに。

 

この気持ちも【欲望】であるのか。

 

 

 

 

 

バスツアーの連中に

スタンプラリー感覚の連中に

ひとこと言いたい

 

 

どれだけの想いを持って寺社仏閣を回ってるんですか?

 

お金払ってたら何しても良いんですか?

 

 

 

 

飲食店やってると

「俺は客だ」みたいな事を平気で言うのが居ます

絶対そんなのってマナーとか作法とか分かってない底辺クズなんですね

 

 

ウチの店じゃそういうのはいくら売上が欲しかろうとご遠慮頂いております。

 

 

 

ところが金さえ貰えりゃ良いチェーン店や料理人としての品性もプライドもないような店はそういった連中に頭を下げてひたすらに金をもらおうとするからこういった連中が後をたたない。

 

 

 

 

本堂ないがしろにして納経所キレイにしたり

個人参拝よりも金を使うツアー客優先

儲けの為には限定ご朱印乱発

霊場会と金を巡って裁判沙汰

 

 

 

 

寺社仏閣側もむちゃくちゃ。

 

 

似たような話だわ。

 

 

 

そういうのから離れて自分と向き合いたいだけで四国まで来てるのにねぇ。

 

 

 

 

 

さて、第57番札所 栄福寺

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919082108j:imageバスツアー1組をかわして境内へ

 

 

 

………さっきよりデカいバスツアー団体ひと組居るじゃねぇかwwwwwww

 

 

ダンタイサン(笑)の横を振り抜けて

手早く慣れた手つきで蝋燭&線香を

納め札を入れて賽銭入れて

ちょいと早めに読経

 

 

 

 

ダンタイサンを追い越す動き

これをしなけりゃいつまで経っても先に進めない

 

 

 

 

同じレベルで争いたくないので、

ダンタイサンの邪魔にならないように

イメージは北斗の拳のトキの動き


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f:id:KOBANNAD:20170919082829j:image納経印

 

 

 

 

さて、

 

正直ブログを書く為には仕方ないけど

西国の某、笈摺を投げてよこしやがったクソ三室戸寺(名前出してんじゃねぇか)と同様巡礼に入ってなけりゃあ二度と行きたくない思い出したくもない最低ランクの寺

 

58番仙遊寺

 


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いくつか追い越したとはいえ境内には大きめのダンタイサンがまだ2組くらい。

 

 

お参り済ませて納経所に行ったらどう見てもパートのオバハンが1人で納経書いてる

その前にうず高くそびえるダンタイサンの納経帳の山。

 

個人参拝のおじいちゃんおばあちゃんは手前で並んでいつ終わるやわからないダンタイサンの納経が終わるのを待ってる。

俺を含めて7人くらい待ってる状態。

 

 

ダンタイサンの添乗員が気を使ってそのオバハンに他の方のを先にするように促す。

 

 

ババアキレる。

 

 

 

もうツアー優先したいんならツアー専用納経所作れよ。

実際西国とかでも団体窓口あるんやから。

 

 

「なんでもエエからはよせーや」

 

口まで出かけたのをグッとこらえる。

 

 

 

あ、そうそうちなみ今回にここまで南光坊さま以外全ての寺で通行料金もしくは駐車料金の名目でお金取られてるからね。

 

気分悪いのに拍車かかるわwwwwwww

 


f:id:KOBANNAD:20170919084224j:imageありがたみもない。

 

 

 

 

 

 

まぁでもここがピークでしたわ。

 

ここでほとんどダンタイサン追い越せたから。

 

 

 

 

 

 

第59番札所 伊予国分寺

 

 


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こちらには【握手大師】さまがおられます

 


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願い事はひとつで、お大師さまも忙しい

 

 

ちょっと笑ってしまいましたwwwwwww

 

で、さっきまでのイライラが解消された感じ。

 

 

反省せねば。


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f:id:KOBANNAD:20170919084915j:imageおじぎの角度違うよねぇ、やっぱりゲンゲンはえらっそうやわwwwwwww

せやから罰金とか免停とかくらうねんwwwwwww

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919085041j:image納経印

 

 

 

 

 

 

さて次は61番!

 

って予定でしたが先に例の62番へ行くことに。

 

霊場会脱退の理由のひとつにここは納経所が昼休みを取るんで、先に回ることにしました。

 

 

 

 

第62番札所 宝寿寺

 

 


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噂だと

賽銭取りにくるここの住職に怒鳴られるとか

本堂がいつまでも工事中なのは本尊売っぱらかったからだとか

先逹は納経料金余分に取られるだとか

 

色々な話を聞いてはいましたが、

 

 

 

 

 

はい、普通に

普通より丁寧なお寺でしたよ。

 

ただ本来霊場会では無料で配布されてる本尊の御影を頂くのに200円取られるのはやはり何らかの問題はあるのかなぁ、と感じましたが。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919090025j:image納経印。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、61番札所 香園寺

 

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170919090125j:imageこちらの本堂は圧巻!

 

 

大師堂は本堂の二階に上がってお参り

 


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f:id:KOBANNAD:20170919090248j:image納経印

 

 

 

ちなみにちょうどお昼前くらいだったので

 


f:id:KOBANNAD:20170919090331j:image駐車場で売ってたアイスクリンをw

 

 

 

 

 

 

そして香園寺駐車場には

 


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62番宝寿寺を認めない霊場会の意向で

【礼拝所】が設けられてます。

 

 


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なんだかなぁ。

 

納経帳の後ろの余白に


f:id:KOBANNAD:20170919090700j:image貰ってきました。


f:id:KOBANNAD:20170919090816j:image御影も作ってんですよね、わざわざ。まぁこっちは当然無料な訳ですが。

 

 

これみよがしの霊場会のこのやり方もなぁ。

なんだかなぁ。

なんだかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、第63番札所 吉祥寺

 

 

 

 

 
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四国霊場の中で、本尊を毘沙聞天とする札所は吉祥寺だけだそうで。

 

 

 

 

ま、こちらもやはりというか62番宝寿寺について境内にあれやこれやと書いてました。

 

もうさっきの礼拝所でなんとなくイヤな気分になってたので写メすら撮ってないですが。

 

 

霊場会の言い分も分かるけど、

こんなにあちこちでごちゃごちゃされちゃあ気分良く巡礼出来へん。

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919091659j:image納経印

 

 

 

 

 

更に第64番札所 前神寺

 

 


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落ち着いた、62番の事も何も書かれてない。

あるべき姿の四国のお寺でした。

 

久しぶりにホッと一息つけた感じ。

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919092000j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今回の予定最後のお寺

菩提の道場伊予国愛媛最後札所

第65番札所 三角寺

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919092127j:image門前の駐車場は地主らしきおじいちゃんが駐車料金を徴収しにきますwwwwwww

 


f:id:KOBANNAD:20170919092224j:image山門には釣り鐘が

 


f:id:KOBANNAD:20170919092250j:image落ち着いた境内ではヒグラシが鳴いていました。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919092334j:image同行二人のありかたですね、四国遍路の根本ともいうべき。

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170919092645j:image納経印

 

 

 

 

 

 

って事で今回は最多の12ケ寺、礼拝所入れたら13ヶ寺回ってみましたが、正直南光坊さま以外あまり良い印象が無かったです。

 

 

 

次回は愛媛の別格を皮切りにいよいよ香川。

涅槃の道場ですね。

 

 

 

 

 

 

道の駅 霧の森


f:id:KOBANNAD:20170919093038j:image温泉浸かってきました。

 

 

 

帰りに香川の有名うどん店

【長田in香の香】


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やっぱりうどんは讃岐やなぁ!

 

 

 

 

 

 

そして相変わらず帰りのSAで限界を迎える中村ゲンゲン


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 ここは高松道 津田の松原SA

爆睡してるゲンゲンを尻目に


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1人でシラス丼と骨付き鶏食ってきました。

 

 

 

 

ちなみに次はもう今週末24日に行きます。












 

 

 

2017年8月お遍路(道後温泉~第45番岩屋寺)

実は先日8/25の金曜日の仕事中に腰いわしてしまいましたアタクシKOBANNADです。

 

翌日の土曜日朝から病院に行きまして、

レントゲンその他検査しましたところ骨とかには問題なく、

いわゆる【ギックリ腰】という話で(^o^;)

 

 

アタクシは若い頃柔道やってましてね、

ヘルニアかまして引退したんで腰はちょいと爆弾抱えてるんで心配やったんすけどまぁ大事に至らずに良かったなぁ、と。

 

 

んで、土曜日仕事をして。

 

 

深夜から相棒中村ゲンゲンと一路愛媛県松山へ。

 

 

 

今回はまさかの、

 


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道後温泉から!

朝イチ6時の開店に間に合ったので、

開店を知らせる太鼓もばっちり聞けたっす。

 

 

 

 

さすがに夏休み最後の日曜日、まさに芋の子を洗うような状態。

 

 

でも参拝前に見も心も清めてスッキリ!

 

地元のおじいちゃん2人から

「お遍路さんやな、しっかり参ってな。暑いから気をつけて。」

 

 

やっぱり四国だなぁ。

 

 

こういう何気ない言葉がありがたい。

 

 

 

40分足らずで向かったのは

 

 

 

 

 

 

本四国第53番札所

【須賀山 正智院 圓明寺】

 

 


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先月もそうだったんですが、長時間車のクーラーにあたってから外に出ると体温の調整がなかなか上手くいかなくて…

 

クシャミと鼻水が止まらない。。。

 

 

お経上げるのが一苦労wwwwwww

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829204716j:image納経印

 

 

 

今回もそうですが、53番から逆打ちになります。

 

あまり効率ばかりを考えてもいけないんですが、

今回は夏休み最後の日曜日でしたので、松山市内が渋滞する恐れがありましたので。

 

 

 

 

 

 

 

 

ってことで

 

本四国第52番札所

 

【瀧雲山 護持院 太山寺

 

 

 

 

山寺やー!

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829205117j:image本堂より手前にあるかなり立派な納経所

 

 

 

納経所から更に登って


f:id:KOBANNAD:20170829205228j:image山門まで階段

 


f:id:KOBANNAD:20170829205255j:image立派な本堂

 

 

 

町自体が【太山寺町】というそうです。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829205435j:image納経印

 

 

 

 

で、道後温泉方面に一度戻る感じで、

 

 

 

 

 

本四国第51番札所

【熊野山 虚空蔵院 石手寺
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f:id:KOBANNAD:20170829205725j:image仁王門には巨大草履があります


f:id:KOBANNAD:20170829210850j:image納経印

 

 

このお寺には色々言いたい事があります。

まぁ簡単に言ってしまえば観光寺なんで。

色々と観光客からお金を落とさせようとしてるのが個人的にはあからさまに見えました。

 

 

 

それ以上に、寺の入り口に9条信者丸出しの看板立ててるんはどうなんすかね?

 

霊場という公の場を利用して
個人の政治的主張ですか?

 

 

何かちゃうやろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょいと気を取り直して

 

 

 

松山市を南下して行きます。

 

 

 

 

 
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本四国第50番札所

【東山 瑠璃光院 繁多寺


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門前でアイスクリン売ってたから二人分買って千円札出したら

「おつり無いんです、財布忘れてきて。細かいの無いですか?」

 

……田舎やなぁこののんびり感w

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829212847j:image納経印

 

 

 

 

 

 

更に

本四国第49番札所

【西林山 三蔵院 浄土寺

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170829215117j:image仁王さまかっけぇ!


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京都にあります西国12番六波羅蜜寺と同じく

空也上人の像があるので有名です。

 


f:id:KOBANNAD:20170829215421j:image口から出ている6体の仏さまは

南無阿弥陀仏】の6文字を表していると言われています。

 

 

 



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納経所の方の対応も素晴らしく、イライラしていた自分を戒めて、気持ちを切り替えて巡礼を続けて行こうと思いました。

 

アカンなぁ、まだまだやなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よっしゃ!

ってな感じで向かいます

【清滝山 安養院 西林寺

 

 


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素晴らしい門構えでした。

 

 

 

んで、たまたまご一緒になったご夫婦がおられたんですね。

旦那さんの輪袈裟に輝く【中先達】の文字!

 

ご夫婦でエエこっちゃなぁーとか思って、

アタシとゲンゲンは微笑ましく見てたんですね。

んで、蝋燭上げて線香上げてお経上げる際

他の巡礼者の方に邪魔にならないように脇に避けるんですがね。

 

 

……居ないんですよ、先達ご夫婦w

 

あれ?

お経も上げて無かったよなぁ?

 

あ、先達さんやから写経を納めてはるんかな?

 

 

とか思って大師堂へ移動して見てたら、

 

蝋燭上げて、線香上げて………

写経納めて無いよね?

賽銭入れて手を合わせて……

 

の、納経所!?

 

 

 

 

愕然としましたね。

本来巡礼者の見本たるべき先達が、ただのスタンプラリーですか。

 

 

 

 

 

 

初めて遍路に来た時にお会いした、

130回以上回っておられた大先達の方の言葉を自分の中でもう一度噛みしめました。

 

 

「近頃は御朱印ブームだとか何か分からないけど、お経もあげずに参拝して納経だけもらったり、酷いのになると納経だけもらう輩も居る。それじゃあ何のご利益もない。お兄ちゃんは若いんだからしっかりと、お大師さまと各お寺のご本尊さまにお経あげてな。しっかりと巡礼してくださいよ。」

 

 

 

 

人は人やん!

俺らは愚直にやるだけや!

 

 

 

何の為に四国に来させてもらってるのか。

 

他人はエエんや。

 

自分が自分とご本尊さまとお大師さまに向き合う為や!

 

 

 

つまらん事にとらわれとると

肝心の【己の修行】が疎かになる。

 

 

そんな【センダツサン】なんかに気を取られとる時点でまだまた甘いんや!

 

 

 

自分に喝を入れ直して。

来年からは少なくとも西国の先達になるんだし、

四国でも先達を目指して巡礼を重ねて行く身の自分を

 

さらに高める、それのみに邁進すべきなんやと。

 

 

 

大師堂で誓ってまいりました。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829223738j:image納経印

 

納経所を出て山門に向かってたら地元の中学生達くらいでしょうか、

夏休みですからNPO団体さんのお手伝いで、飴と冷茶のお接待をして頂きました。

 

 

やっぱりありがたいなぁ。

 

 

 

なんとなく、気持ちの中にお茶の冷たさがスーッと入り込んできて。

自分の真ん中あたりに何かストンと落ちて来たような感じでした。

 

 

 

 

 

さて、そこから次の札所へ向かっていたらなんとなく見覚えのある風景だなぁ、と。

 

 

よく見たら先月来させて頂いた別格9番文殊院さまの前の道でした。

 

 

 

こないだの西国のブログでも載せた大きなお大師さまがおられるお寺です。

 

 

 

何かの偶然でしょうか?

KOBANNADは人生に偶然は無いと考える人間です。

人生には必然しか無いと。

 

 

 

お大師さまが何かを語りかけて下さっておられると、自分で勝手に解釈しております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

本四国第47番札所

【熊野山 妙見院 八坂寺

 


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こちらの閻魔堂がすごい気にいってしまいましたね。

 

またゆっくり訪れたいお寺です。

 


f:id:KOBANNAD:20170829224958j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

基本的にこの46~53番ってお寺とお寺があんまり離れてないので、

道がスムーズに流れていればそんなに時間はかからないと思います。

 

 

 

ってことで

 

 

 

本四国第46番札所

 

【医王山 養殊院 浄瑠璃寺

 


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こちらでご一緒になったのは女性のお遍路さんで、

大型バイクで回っておられました。

 

 

女性の一人旅でバイクならなお大変なんだろうなとは思いましたが。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829225823j:image納経印

 

 

こちらのお寺は一風かわった雰囲気のお寺でしたね、なんとなくうっそうとした感じで植物が沢山って感じで。

 

 

 

 

 

 

 

さて、いよいよゲンゲンの大好きな山寺を2ケ寺回ってまいります。

 

 

 

距離的に順番がここだけ順打ちになりますが、

 

 

 

本四国第44番札所

四国遍路中札霊場【菅生山 大覚院 大宝寺

 


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手前に駐車場があるんですが、そこからだと結構歩かなくてはいけません。

 

山門横にも駐車場がありますが、そこまではかなりの悪路です、しかし我らがゲンゲンがそこで怯む訳もなくwwwwwww

 

ヤカラ丸出し名古屋走りもビックリな勢いで山道の悪路を登って行ったのでしたwwwwwww

 

 

間違いなく遍路を始めて格段に向上してるのは、ゲンゲンの山道を車で走るスキルが一番ですな(^q^)

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829231513j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

さて、本日最後のお寺です。

 

 

本四国第45番札所

【海岸山 岩屋寺


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山門入り口から階段を220段。

階段を含む山道を約15~20分登った山の中腹にあります。

 

さすがにここまで湿布だけできましたが、

コルセットを装備しましたw

 

 

 

元は行場で、44番大宝寺奥の院でもあったというお寺です。

 

 


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西国4番槇尾山施福寺に比べたら全然でしたけど、
途中すれ違ったバスツアーの皆さんかなりキツそうでした。

 

 

 

 

本当はここの奥の院に【せりわり禅定】をしに行く予定やったんですが、アタシの腰の状態もありしたし、

梯子が老朽化してるから手前で参拝しろって話でしたので今回は見送りました。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829234521j:image納経印

 

 

 

 

 

 

奥の院
(参照)三十六童子行場
納経所で三十六童子行場へとお願いすると300円で56枚の納め札を頂ける。36童子と番外札20枚であり、大師堂の先の仁王門の脇が1番で、そこから順番に納めながら上って行くと最後に下記の逼割禅定の門に至る。32番は険しい峰の上にあるのでその下に納め札箱がある。探しながら巡るので約1時間はかかる。

 白山行場
本寺から仁王門を経て三十六童子行場を終えたところに大きな赤い不動明王立像が脇に立っている門がある。納経所で預かった鍵で扉を開けて入り、逼割禅定と呼ばれる両岸が迫った岩の隙間を上り、さらに鎖場を登ると太い梯子の下に至る。その鞍部に古い祠が一つ。その先の崖を上がればさらに祠が二つ。戻って梯子を上がった山頂に石室の祠があり白山権現が祀られている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

 

 

さて、いつもの如く松山道徳島道高松道→淡路の帰り道。

 

徳島道から高松道に乗り換える間はご存知の方もおられるとは思いますが一般道を一旦走ります。(板野インター~藍住インター)

 

この間の道から一番霊山寺へ向かうんですが、

以前に行ったセルフそば屋さんもこの近くにありまして。

 

 

今回ゲンゲンのたっての希望で再び

「そば坐 藍住店」さんへ

 

 

 

関西進出してきてくんねぇかなぁ。

 

 

 

帰り道、南あわじのさんゆー館で再び温泉。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170829234503j:imageはい、脂肪wじゃなかった死亡。

 

 

とりあえず30分くらい寝かせたらエエかなぁと思って起こしたら

 

 

 


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「後、10分~」

 

ってまるで母親に起こされた男子中学生みたいな事をwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

 

結局まあ、そこから30分くらい寝たんですけどねwwwwwww

 

一人で運転しとるからしんどいのは仕方ないwwwwwww

 

 

 

ただ一言いわせてくれ

 

 

「俺はお前のオカンやない」

 

 

 

 


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帰りは摩耶のトマト&オニオンでハンバーグ食って帰りました。

 

 

サラタバーでサラダ取って食ってたら

「コバさんが草食うとか珍しいっすね」

 

 

まぁ肉食動物だけどよwwwwwww

 

 

 

さて、来月から1ヶ月に二回四国遍路行きます。

 

今年中に結願したいんで、ちょいと頑張りますよっ!

 

 

 

 

西国三十三観音霊場巡礼記 1回目の満願 (第30番札所竹生島宝厳寺~第28番札所成相寺)

 

 

ドラクエ11表ボスを倒さずにメタキン狩りばっかりやって気づいたらLv85まで上がってしまったアタクシKOBANNADです。

 

 

 

 

それはさとておき、残す所西国も後、3ヶ寺(2017年8月13日現在)

 

お盆真っ只中の日曜日に行動するのは厳しいというか人が多いというか。

 

色々と懸念される事案はあれど、予定より一時間早めて行動。

 

5:00にレンタカーをゲンゲンが借りに行き、

5:30過ぎにオカンを乗せて、

 

 

車は一路琵琶湖のあります近江長浜の地へ。

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814053746j:image長浜城

今は歴史資料館になってるそうな。

 

 

 

そして一行は長浜港へ。

 


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長浜ー竹生島のフェリーに乗るのだ!

 

 

 

ちなみに西国三十三観音 第30番札所

竹生島 宝厳寺

は、琵琶湖に浮かぶ竹生島にあるのでフェリーじゃないと行けないのだwwwwwww

 

 

 

 

 

 

長浜港から片道約30分。


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f:id:KOBANNAD:20170814054315j:image見えてきました。

 

 

 

宝厳寺(ほうごんじ)は、滋賀県長浜市竹生島にある真言宗豊山派の寺院。山号を巌金山(がんこんさん)と称する。本尊は弁才天(観音堂本尊は千手観音)、開基(創立者)は行基とされる。西国三十三所観音霊場の第30番札所である。観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地でもあり、日本三大弁才天の1つにも数えられている(他の2つは厳島神社江島神社とされている)。

琵琶湖の北端近くに浮かぶ竹生島に位置する。竹生島は周囲2キロメートル、面積0.14平方キロメートルほどの小島で、島の周囲は南東部にある船着き場を除いてほとんどが急な断崖になっている。島には宝厳寺と都久夫須麻神社の他にはみやげ物店が数軒あるだけで、文字通り信仰の島である。現在は宝厳寺と都久夫須麻神社という「寺」と「神社」に分かれているが、このように区別されるようになったのは、明治時代初期の神仏分離令以降のことであり、竹生島では平安時代から近世まで神仏習合の信仰が行われていた。延喜式神名帳には、近江国浅井郡の社として都久夫須麻神社の名があり、祭神は浅井姫命(あざいひめのみこと)とされていた。浅井姫命は、浅井氏の氏神ともいわれ、湖水を支配する神ともいわれるが、平安時代末期頃から、この神は仏教弁才天(元来はインド起源の河神)と同一視されるようになったようである。近世には宝厳寺は観音と弁才天霊場として栄える一方で、都久夫須麻神社は宝厳寺と一体化し、寺と神社の区別はなくなっていた。

宝厳寺奈良時代聖武天皇の命により、僧・行基が開創したとされている。行基は出身地の河内国大阪府南部)を中心に多くの寺を建て、架橋、治水灌漑などの社会事業にも尽くし、民衆の絶大な支持を得ていたとされる僧であり、近畿一円に行基開創を伝える寺院は多い。宝厳寺の寺伝によれば神亀元年(724年)、行基竹生島を訪れ、弁才天を祀ったのが起源とされているが、承平元年(931年)成立の『竹生島縁起』には、行基の来島は天平10年(738年)で、小堂を建てて四天王を祀ったのが始まりという。同縁起によれば、天平勝宝5年(753年)、近江国浅井郡大領の浅井直馬養(あざいのあたいうまかい)という人物が、千手観音を造立して安置したとある。当初は本業寺(ほんごうじ)、のちに竹生島大神宮寺と称し、東大寺支配下にあったが、平安時代前期、10世紀頃から近江国の他の多くの寺院同様、比叡山延暦寺の傘下に入り、天台寺院となった。以降、島は天台宗の僧の修行の場となった。また、平安時代末期頃からは観音と弁才天信仰の島として栄えた。

中世以降、貞永元年(1232年)、享徳3年(1454年)、永禄元年(1558年)などに大火があったが、その都度復興している。永禄元年の大火後、慶長7年-8年(1602-1603年)、豊臣秀頼片桐且元に命じて伽藍を復興している。この際復興されたのが唐門、渡廊、観音堂、ならびに弁才天社(現・都久夫須麻神社本殿)である。唐門は豊国廟(京都東山にあった豊臣秀吉の霊廟)の唐門(極楽門ともいい、元は大坂城の極楽橋の唐破風造部分であった可能性が指摘されている)を移築したものであり、都久夫須麻神社本殿は豊国廟あるいは伏見城の日暮御殿を移築したものとされる。

明治の神仏分離の際、時の政府は弁才天社を平安時代の『延喜式』に見える「都久夫須麻神社」という社名に変更することを強要し、仏教寺院としての宝厳寺は廃寺の危機を迎えるが、寺側は、弁才天仏教の仏であると主張して譲らなかった。結局、竹生島の信仰施設は宝厳寺と都久夫須麻神社に分離することになり、明治7年(1874年)に「寺」と「神社」の境界が決まり、明治16年(1883年)には寺の財産と神社の財産が区別されて今日に至っている。現状、宝厳寺と都久夫須麻神社は別法人であるが、宝厳寺観音堂と都久夫須麻神社本殿は渡廊で直接連絡しており、両者はもともと不可分の関係にあることがわかる。(Wikipediaより)

 

 

 


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島全体が宗教テーマパークって感じでしたね。

 

本堂が弁財天(神様)

西国三十三観音の観音堂があり(仏様)

神社があって

天狗堂があって

不動明王があって

修行大師像があって

竜神様の社があって

 

 

神仏集合まさに日本人の象徴とも言えるお寺&神社を擁するまさに島全体が聖地なんやなと。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814055750j:image納経印

 

 

ちなみに本尊の弁財天の朱印も頂けます。

アタクシ今回西国の納経帳しか持って来てなかったんでまた次回(^q^)

 

 

 

 

ちなみに朝イチ臨時でフェリー一本増発したのに乗って往復したので(竹生島には最短80分くらい滞在出来る)、

予定より30分早く行動出来てた。

 

 

 

 

 

長浜から北陸道で一路福井県敦賀を経由して、

更に舞鶴若狭自動車道

 

 

そのまま舞鶴へ行って西国三十三観音第29番札所松尾寺!

 

って行く予定やったんですが、

 

 

 

 

 

 

「コバさん、無理っす腹減りました!」

 

 

 

 

のゲンゲンの一言で一旦小浜(前アメリカ大統領とは関係ない)で高速を降りて、

 

 

向かいますは

【若狭フィッシャーマンズワーフ】

 

 



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詳しくは

 

 http://www.wakasa-fishermans.com/

 

 

ここの寿司美味いのよ。

 

 

 

流石はお盆の真っ只中で人が溢れ返ってたので、寿司を買い込んで車の中で頂きました。

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170814061656j:imageちなみに写メ忘れたのでこれは2012年夏旅行の頃のヤツです。

 

 

 

 

お腹もふくれた一行は今度こそ

 

 

 


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西国三十三観音霊場 第29番札所

松尾寺!

 

 

 

 

松尾寺(まつのおでら)は、京都府舞鶴市にある真言宗醍醐派の寺院。西国三十三所第29番札所。

舞鶴市福井県大飯郡高浜町との境にある青葉山の山腹に位置する。

毎年5月8日に行われる仏舞は有名。本尊は馬頭観世音菩薩坐像。

寺伝によれば、中国から渡来した威光上人が慶雲5年(708年)ここに草庵を結び馬頭観音像を安置したのが創始とされている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814062050j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして本日最後の目的地、

日本三景天橋立の近くにあります

 

 

西国三十三観音霊場第28番札所 成相寺へ。

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170814062341j:image宮津の海が見下ろせます。

 

 


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成相寺(なりあいじ)は、京都府宮津市にある寺院。山号は成相山西国三十三所第28番札所。本尊は聖観世音菩薩。真言宗単立。境内から日本三景のひとつ天橋立が一望できる。

寺伝によれば704年(慶雲元年)、真応上人の開基で、文武天皇勅願寺となったというが、中世以前の寺史は判然としない。2007年(平成19年)、高野山真言宗から独立し、真言宗単立寺院となった。

寺は天橋立を一望する成相山(569m)の山腹にあるが、創建時は山のさらに上方に位置し、修験の道場となっていた。現在地に移ったのは1400年(応永7年)の山崩れ以降である。山号は古くは「世野山」と称し、雪舟の『天橋立図』(京都国立博物館蔵、国宝)には、「世野山成相寺」の書き込みとともに当寺が描かれている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

そして、この成相寺をもって

 

 







 
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私、KOBANNAD西国三十三観音霊場巡礼無事今回初めての満願致しました!

 


f:id:KOBANNAD:20170814062919j:image拡大(^q^)

 

 

四国遍路より後に始めて先に終わったw

 

あ、当たり前かw

 

 

 

 

 

成相寺さまで、先達申請の推薦頂きました。

ありがとうございます。


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何よりゲンゲン今回も運転ありがとうご苦労様でした。

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170814072035j:image散華も!

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170814072140j:image成相寺さんから山頂展望台に行けます。

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170814072301j:image天橋立が見える!



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし今日偶然にも回らせて頂きました3ケ寺共に真言宗のお寺でした。

 

勿論西国なので各寺院の観音さまのお導きがあっての事なのは重々承知の上で申し上げますが、

やはり本四国遍路も巡礼させて頂いてる身としてはお大師さまのご縁を感じずにはいられないなぁと。

 

 

 

KOBANNADは修行大師さまの像がものすごく好きなんですね。

 


f:id:KOBANNAD:20170814064052j:imageこちらは前回伺った四国別格9番文殊院さまの修行大師像

 

 

 

 

友人達に今年から四国、西国を始めた話をすると

「なんで?」

と理由をよく聞かれます。

 

 

色んな方が色んな想いを持って巡礼というものをされておられます。

 

私はそういう時にはこう応えさせて頂いております。

 

 

弘法大師さまに呼ばれた」

 

 

と。

 

 

 

お寺で修行大師さまの像がいつも

「よう来たな」

って言って下さってる気がするんです。

 

 

 

私はたかだか一介の料理人です。

料理人とは、野菜・魚・肉などあらゆる生命を頂いて生業にしている罪深い仕事だと思っています。

 

だからこそ逆に

【勿体ない】

という精神をどの一般の方々よりも深く持つべき仕事やと思ってます。

 

 

今まで自分が生きて行くために糧としてきた命を供養するという目的も私にはあるのです。

 

 

何の為に先達になるのか。

 

 

その責任というものを普通に巡礼するだけではなく、

先達として果たすべき責任を全うするために、微弱ながら頑張ってみようと思ったからです。

 

 

 

仕事も同じです。

 

ヒラ社員にはヒラ社員の責任しかありません。

 

課長には課長の

店長には店長の

社長には社長の

 

責任があるのです。

 

 

 

 

正しい巡礼の在り方を正しく伝えていく。

 

それは先達が必ず持って居ないといけない精神です。

 

 

 

料理人が部下に不衛生で不味い料理を教えたらどうなりますか?

 

料理は人を時には感動させる事が出来る素晴らしいものだと私は思っています。

 

後世に少しでも美味い料理を伝え、教えることは私の使命でもあります。

 

 

 

先達にも、同じことが言えるのではないでしょうか?

 

 

仕事だけじゃ小さなままの自分だなぁ、と。

仕事は大切だけど自分の人生仕事だけみたいな淋しいもんでも無いんだから、仕事以外でも同様の精神を持って生きるべきののかなぁ、と。

 

 

 

私はいつも修行大師像にお会いする度に、

 

「よう来たな、人生死ぬまで修行やぞ。」

 

お大師さまがそう語りかけて下さっているような気がしてなりません。

 

 

 

 

 

今回も西国の巡礼ですが、

私はお寺をお参りする際には必ず本四国の

真言宗仏前勤行次第】

を【西国三十三所勤行次第】と一緒に持ち歩いています。

 

 

 

色んな宗派のお寺がありますが、

お大師さまにお会いした時は本四国の大師堂と同じお勤めをさせて頂くのがお大師さまに対する最低の礼儀であると私は考えていますので。

 

 

だから正直な話、

真言宗仏前勤行次第は本四国のカバンに入れてるのと、

他のお寺を回る時用と2冊持ってたりなんかしちゃいますけどね(^q^)

 

 

 

ちな西国は来年創設1300年を迎えます。

私も来年は先達として更に巡礼していくつもりです。

 

 

清水寺の森貫主さま

【今年の一文字】を毎年書かれておられる有名な方ですね。

 

貫主さま直筆の納経軸を清水寺で買って持って回る予定です。

 

だから来年西国いちばん始めは清水寺からになりますね。

 

 

 

興味を持たれた方は気軽にバスツアーからも始められます。

 

 

何度も言いますが来年西国は1300年を迎えます。

 

まずは観音さまとのご縁を深めてみませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

2017年7月お遍路。(別格6番龍光院~別格11番生木地蔵)

 

もう8月だというのにドラクエ11に夢中になりすぎで先月のお遍路ブログ更新しておりませんでした罰当たりKOBANNADでございます。

 


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ベロニカたん可愛いよベロニカたんハァハァw

 

 

 

 

ま、ドラクエの話はさておきまして。

 

 

7月30日に今回は新しいレンタカー屋さんでいつもより6000円近く安く車を借りて一路愛媛の宇和島へ。

 

 

車はかなり整備されていたのですがなんせハイブリッド車ではなく、

結構古いセダンなんでいつものプリウスとかに比べて車高低いしサスがききすぎて。

 

妙にスピード出てないのに出しすぎてるように感じるし、

 

やたらと揺れるし、腰痛いしwwwwwww

 

ハイブリッドじゃないから結局ガソリン代はかかってしまうという問題がwwwwwww

 

 

多分香川とか近距離だとまだ良いんでしょうね。

まだ愛媛松山周辺を回る8月くらいまでは、

多少高くてもいつものジャパンレンタカーでハイブリッド車を借りた方がエエなと。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

まずは朝イチ7時前に宇和島にあります、

四国別格霊場第6番札所

【臨海山 福寿寺 龍光院】へ

 

 

 


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宇和島市の小高い位置にありますので、

見晴らしも良いお寺です。

 

向こうには宇和島城

 


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こちらのお寺は前回伺った本四国第40番札所観自在寺奥の院にあたるそうです。

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807185032j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから宇和島の北部に車を走らせ、

本四国第41番札所

【稲荷山 護国院 龍光寺】

 


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先ほどの龍光院と一文字違いなので、本四国だけを回られてる方はそうでも無いそうですが、

我々のように別格も一緒に回る人間はよく間違えられる方が多いそうです。

 

 

こちらの納経所のお坊さんは気さくな方で、

 

「暑いですねぇ、しかも湿気が多いから。まだカラっと晴れてくれたら……」

みたいな話をされてました。

 

 

大阪の蒸し暑さに比べりゃそうでもなかったんですけどw

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807185220j:image納経印

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから4キロ弱で

 

本四国第42番札所

 

【一課山 毘廬舎那院 仏木寺】へと

 

 

 

 


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こちらの山門がすごく個人的に好きですな。

 

 

 

「ぶっきじ」やのうて「ぶつもくじ」と読むんやそうです。

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807185412j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

そこから山を一つ越えまして、

 

本四国第43番札所

【源光山 円手院 明石寺】へ

 

 


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地域の方々50人くらいで境内のお掃除をなさってはりました。

 

皆さんと気持ちよくご挨拶を交わさせてもらってるとやっぱり四国はエエなぁとつくづく感じます。

 

 

ただ納経所でお坊さんが納経書きながら、寺男さんらしき人にゲンさんの頭ごしに大声で

「みなさんにお茶!お茶出したげ!」

って指示を出すのがイマイチよく分かりませんでしたけどねw

 

納経し終えてからでもエエやろし、

寺男さんこっちに呼んで普通に話せばエエやろし、

 

わざわざ頭の上を大声出すのは、ね。

 

 

これ、もしゲンさんやなくてバスツアーの団体やったり、先達相手に同じ態度取るんでしょうかね?

 

四国でお寺の人間に滅多にイラっとする事は無いんですが、ちょっとこちらは正直ムカっときました。

 

 

 

 

修行が足りんな。

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807190418j:image納経印

 

 

 

 

 

ちょっと久しぶりに気を取り直してw

 

 

 

 

 

今回本四国はこの3ケ寺で終了。

愛媛は別格が多いので後はまず別格から回ります。

 

 

 

 

 

次に詣りますは別格霊場第7番札所

【金山 出石寺

 

 

おそらく車遍路最長の山道になりますね。

片道約一時間半かかりましたwwwwwww

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807191008j:image駐車場から階段w

 

 

実は駐車場からこの間ずっと一匹のスズメバチに私とゲンさんは追われておりました(^o^;)

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807191142j:image山門をくぐっても

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807191213j:imageスズメバチはずっと付いてきます。

 

 

 

お寺の境内で無益な殺生は出来ません。

 

いつものアタシならかつてオオクワガタを採集していた腕があるのでスズメバチの一匹や二匹退治するのは訳はないんですけどね。

 

 

 

ケガしたくもないし、無益な殺生もしたくない。

 

 

 

あまり納得出来ない事ですが、本堂と大師堂にお線香とロウソクと納め札、お賽銭をお納めして。

ご本尊真言と南無大師遍照金剛だけ上げて納経所に向かいました。

 

 



f:id:KOBANNAD:20170807191957j:image納経印

 

 

って、納経所まで追いかけてくるのかよ!

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807192052j:image駐車場出口近くに大きなお大師さまがおられましたがここまでスズメバチは付いてきました。

 

 

 

無事刺されることもなくまた一時間半近くかけてたどり着いたのは

 

別格霊場第8番札所

【十夜ケ橋 永徳寺】


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こちらは別格霊場会の本部になります。

 


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また別格霊場で集めてます数珠玉の中心に位置する【親玉】はこちらでしか買えません(2017年現在)

数年毎に親玉の配布寺は代わりますのでご注意を。

 

 

 

ちなみにこちらがかつて弘法大師さまが橋の下で一夜を過ごされた地です。


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十夜ケ橋の前の国道の橋のたもとにあります。

 

当然こちらも大師堂と同様お参りします。

 

 

ちなみにお遍路が橋の上で杖をついてはいけない風習はここが起源です。

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807193221j:image納経印

 

 

 

 

 

そして一路松山市

 

 

別格霊場第9番札所

【大法山 文殊院 徳盛寺】

 

 


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境内にはこちらも大きなお大師さまが。


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「ようきたな!」

みたいな感じで迎えていただけます。

 

 

 こちらは四国遍路の元祖と言われる衛門三郎の邸宅があったと伝えられる地に立っているお寺です。

 

四国八十八箇所発祥の寺院とする説もあるみたいですね。

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170807194511j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

ここで名古屋から歩きで区切り打ち遍路をされている女性の方とお会いして少し話しこんでしまいました。

 

 

来年はアタシも区切りで歩きやるからどこかでまたお会い出来たらいいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、更に向かいましたのは伊予西条から

 

別格霊場第10番札所

【仏法山 西山興隆寺

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170807194825j:imageなかなかの山道&階段でした。



普通に西国一番青岸渡寺あたりよりキッツい感じでしたね、四国も別格は山道階段あるとこ結構ありますから。

 

 

 



f:id:KOBANNAD:20170807195906j:image納経印

 

 

 

 

さて、今回の最終です。

 

 

距離的にはそない離れてませんが、

いかんせん体力&体調&車の状態がいつもより違ったので、

正直足摺岬に行った時より二人とも疲労が……

 

 

 

最後の気力を振り絞って

別格霊場第11番札所

生木地蔵

 

 


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先ほどの西山興隆寺から偶然一緒になった(四国ではよくある)お遍路の方の背中が写ってます。

 

 

ものすごい真面目な方でした。

 

正直お経は棒読みに近い感じでしたが、

一言一句丁寧に丁寧に詠み上げておられる姿に、改めて巡礼とは心で参るものなんやと勉強させて頂きました。

 

 

アタシは子供の頃から般若心経はじめ、

観音経や阿弥陀経まで普通に上げてました。

それは死んだバァちゃん(四国4回西国5回)や近所の寺のお坊さんとかの影響です。

門前の小僧なんとやらです。

でも1度たりともそれを鼻にかけた事はありません。

 

ゲンゲンにも始めから一緒にゆっくりと唱えて教えて、自分で出来るようになったら自分でやるようになりましたしね。

お経の意味も勉強すべきですし。

経も上げずに納経印貰うのもどないやねん、と。

 

 

 

 

お経詠めても挨拶もまともに出来ない【センダツサン】とかも居ますからね。

 

 

 

少なくとも今よく問題になる

限定御朱印乱発寺社だの

御朱印転売だの

バスツアー納経割り込みだの

エエ年こいて参拝マナーもしらないだの

 

本来の巡礼、参拝とかけ離れた【ゼニカネ】とか【欲望】などとはあの方のお経は全く違う。

 

 

 

気持ちを込めて唱えれば神仏には必ず通じるんですよ。

そこに格好を持ち込む事自体が本来の仏道から離れてるんやなと。

下手でもがむしゃらにやるのが大切なんやと。

来年歩き遍路始めたら杖も笈摺もくたびれまくるくらい必死に歩きまくろうと。

 

 

 

 

 

あの方の背中と姿勢を見て改めて気持ちに力を頂いた+自分を振り返ってまた遍路に向き合う自分を奮い立たせた。

 

 

そんな感じでした。

素晴らしい方との出会いが今回もありました。

 

四国に感謝。

お大師さまに、ご本尊さまに感謝。

 

いつも運転頑張ってるゲンゲンにもちょびっと感謝w

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170807202415j:image納経印

 

 

 

 

 

 

無事今回も巡礼を終えたデブ遍路二人は

 


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f:id:KOBANNAD:20170807202528j:image

 

本谷温泉へ!

 

 

大明神川沿いに西条市(旧東予市からの引継ぎ)の公共施設である「本谷温泉館」が存在する。「本谷温泉館」には食事処、休憩所の他、宿泊施設も備えられている。また本谷温泉公園が隣接しており、公園は川の両岸に広がっており、毎年春には数多くの桜が咲き乱れる。なお、施設の所在地は源泉の位置からは離れており、上流約4kmの位置からの引湯である。
歴史
開湯伝説によれば、舒明天皇および斉明天皇が入湯したとされる。

道後温泉、鈍川温泉とともに「伊予の三湯」と言われている。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

温泉はまぁまぁ良かったけど、

正直メシがひどいwwwwwww

 

 

冷やし中華じゃなくて

【冷えてない中華】

【揚げすぎてる唐揚げ定食】

 

うん、死ね!

 

 

 

 

 

 

 

帰り松山道の【石鎚山SA】でじゃこ天と一六タルト買って、

 

わざわざ高松道から淡路いかずに瀬戸大橋経由で岡山→山陽道で帰ってきて。

 

 

江坂で焼肉!

 


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珍しくゲンがギブアップしてしつこく俺が食べていたという話wwwwwww

 

 

 

さぁ、今月末のお遍路はまさかの道後温泉からスタートしまっせ!

 

 

 

 







 





 

 

 

西国三十三観音霊場巡礼記 第33番満願札所 谷汲山華厳寺&名古屋に行ってきた!



 

 

先日のブログやっと書き上げたので、

昨日の話を。

 

 

昨日7月17日(月)は祭日やったので店を休んで、母上&ゲンゲンと三人で朝早くから

 

 

西国三十三観音霊場第33番満願札所

【谷汲山 華厳寺

に向かいました。

 

 

まずはゲンゲンがレンタカー借りてきてアタシのウチに4:30くらいに来て、

母上のウチに二人で迎えに行って5:00くらい。

 

 

とにかくまずは腹ごしらえと名神吹田SAでかなり早めの朝食wwwww

 

 

 

名神高速をひた走り関ヶ原出口を目指す。

 

 

滋賀県に入ったあたりから曇りの予報のくせに結構な豪雨wwwww

 

 

【名古屋の呪い】

 

 

 

 

そんな言葉が頭をよぎるwwwwwwwwww

 

 

高速を下りて、途中トイレ休憩に池田温泉の道の駅に寄ってみたりして

朝8:00前に到着!

 

 


f:id:KOBANNAD:20170718221756j:imageこっから山門までが長い長いwwwww

 

 
あんな金津園しか産業がない県の、さらに辺鄙な土田舎で駐車料金取る強欲さはさすが西国というかwwwww
あのあたりの土地なんてタダみたいなもんだろうに

 

並ぶ土産物屋、仏具屋。

 

 

 

 

我々が行った時は開店前だったから店も何も開いてなかったから山門左の駐車場に普通に停めれたけど、

朝9時回ったら停めさせてくれへんらしいしね。

 

手前に停めるように促して駐車料金を取るのだそうだ。

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170718222438j:image萌えキャラwwwww



f:id:KOBANNAD:20170718222537j:image満願まだ誰もしてない我々三人wwwww

 

 

ちなみに西国は別に順番関係無いので気にしなくて大丈夫(^○^)

 

 

 

 

華厳寺(けごんじ)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある天台宗の寺院。 山号は谷汲山(たにぐみさん)。 本尊は十一面観音、脇侍として不動明王毘沙門天を安置する。 西国三十三所第三十三番札所、満願結願の寺院で桜、紅葉の名所としても知られ多くの観光客で賑わう。 西国三十三所の札所寺院では唯一、近畿地方以外にある。

 

 

永禄3年(1560年)成立の『谷汲山根元由来記』によると、華厳寺延暦17年(798年)、会津黒河郷の豪族大口大領なる人物によって創建されたという。『由来記』によれば、大口大領は都の仏師に依頼して自らの信仰する十一面観音の像を造立した。彼は観音像とともに会津に帰ろうとしていたが、途中、美濃国の赤坂(現・岐阜県大垣市)で観音像が動かなくなってしまった。赤坂の北五里の山中に観音所縁の霊地があるというお告げを受け、大口大領は同地に草庵を建立。延暦末年に、当地で修行していた僧・豊然上人(ぶねんしょうにん)の協力を得て華厳寺を建立した。

延暦20年(801年)、桓武天皇勅願寺となり、延喜17年(917年)には醍醐天皇が「谷汲山」の山号と「華厳寺」の扁額を下賜。天慶7年(944年)には朱雀天皇が鎮護国家の道場として当寺を勅願所に定め、仏具・福田として一万五千石を与えたという。「谷汲山」という山号については、寺付近の谷から油が湧き出し、仏前の灯明用の油が汲めども尽きなかったことに由来する。

西国三十三所霊場の中興者と伝承される花山法皇は徒歩で巡幸し、当寺を第三十三番札所の満願所と定め、禅衣(笈摺)、杖、及び三首の御詠歌を奉納したと伝え、鎌倉時代には後白河法皇が花山法皇の跡を慕って同行千有余人を従えて巡幸したという。なお、西国三十三所巡礼について触れた最も古い史料である『寺門高僧記』所収の「行尊伝」及び「覚忠伝」では、第三十三番の霊場三室戸寺になっており、園城寺三井寺)の僧・覚忠が三十三所霊場を巡礼した応保元年(1161年)には、華厳寺は満願所ではなかった。また、三種の御詠歌(後出)のうち、「世を照らす」の歌は作者が判明しており、花山法皇ではなく、前出の覚忠の作歌である。

建武元年1334年足利氏と新田氏の戦乱が起こり、新田氏一族堀口美濃守貞満の乱をはじめとする戦乱で幾度となく諸堂伽藍を焼失するが、本尊ならびに脇侍等は山中に移し難を逃れた。

江戸時代には薩摩国鹿児島慈眼寺住職道破拾穀上人によって再興された。(Wikipediaより)

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170719002413j:image谷汲は納経が3つあります。
現在

過去

未来

を意味するそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

谷汲を一路後にし、次に向かったのは先日のゲリラ豪雨の被害が凄かった愛知県犬山へ。

 

 

 

犬山にある【桃太郎神社】に

 


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桃太郎神社(ももたろうじんじゃ)は、愛知県犬山市栗栖(くりす)にある神社。犬山市には桃太郎伝説が存在する。

全国的にも珍しい桃型の鳥居があるほか、桃太郎のおばあさんが洗濯をした洗濯岩などがある。 毎年、5月5日のこどもの日には桃太郎祭りが開かれる。祭りで披露される「桃太郎おどり」は、野口雨情が作詞したという桃太郎音頭のことである。

神社周辺は桃太郎公園として整備されている。

道路から、一の鳥居、二の鳥居を経て、石段を上ると、桃型鳥居と拝殿がある。なお、一の鳥居と二の鳥居は、普通の神社にあるような鳥居である。地元では、子どもの健康を祈る神社としての認識が高く、大切にされている。

桃太郎公園は、桜も多く近隣では有名な観光地ともなっていて、みやげ物屋も数件ある。この地方でよく食される「木の芽田楽」(豆腐の味噌田楽)や、菜飯を味わうこともできる。また、かつては公園の一角に、ヤクニホンザルを放し飼いにした野猿公苑(日本モンキーセンター栗栖研究所の関連施設)があり、午後3時になるとサルが園の外に出てきて、車の上に乗る姿が見られた(野猿公苑はすでに閉園)。

神社背後には緑深い山が間近に迫り、すぐ前を木曽川が洗う。このあたりの木曽川は風光明媚であり、志賀重昂によって「日本ライン」と名付けられた。また、川縁には有名なチャート(岩石)の露頭がある。 道路からチャートの露頭までの広い河原は芝生の広場(栗栖園地)となっており、デーキャンプが行われるなど、市民や近隣住民の憩いの場として親しまれている。桃太郎神社に参拝したことがない近隣住民でも、この栗栖園地で遊んだことがある、という人は多い。

神社の裏手は、栗栖遊歩道のセセラギ遊歩道入口になっている。この遊歩道は、岐阜県可児市の鳩吹山遊歩道に合流している。(Wikipediaより)

 

 

 

 

ええと、コメントは差し控えるけど一言いうなら

「子供大切にとか言うけどあの人形見ても多分トラウマにしかならん」

とだけ言っておこうかなwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170719002554j:image御朱印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一行は一路名古屋を目指して……

 

 

 

黒川にあるカレーうどんの銘店中の銘店

【鯱乃家本店】へ。

 


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鯱乃家
現在、旧黒川本店(名古屋市北区)は商号を変更して「本店鯱乃家」として営業。同店の暖簾分け店は「若鯱家 清明山店」(名古屋市千種区)「若鯱家 犬山店」(犬山市)として以前の商号のまま営業しているのに加え、他に「歩々亭若鯱家分家」(小牧市)が存在している。
本店鯱乃家においても暖簾や路上の看板は鯱乃家だが、2階部分に取り付けられた看板は現在でも「若鯱家」となっている。

繁盛店として知られるとともに名古屋一円のうどん屋の跡取りが修行する店としても有名であった。しかしブランド名の商標登録を行っていなかったことから、同店出身者の一人が名古屋の広告代理店「東海通信社」と共に、同じ名前の「若鯱家」を商標登録し、本店とは無関係に当該名称で1988年頃から各地にチェーン展開を開始したものである。(Wikipediaより)

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170718230936j:imageカツカレーうどん&ご飯(¥1050)

 

やや太めの麺で、カレーとダシの風味・甘さと辛さ等絶妙のバランスで素晴らしい味を成立させている逸品ですわ。

 

 

今年の春に食べたんですが、それ以来ハマってしまいました。

関西人で28年料理やってるアタシが絶賛する名古屋メシ、一度ご賞味あれ。

 

 

 

 

 

 

そして一行は更に【熱田神宮】へ

 

 

 

 


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熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社。式内社名神大社)、尾張国三宮。旧社格官幣大社で、現在は神社本庁別表神社。宮中の四方拝で遥拝される一社。神紋は「五七桐竹紋」。

名古屋市南部の熱田台地の南端に鎮座する。古くは伊勢湾に突出した岬上に位置していたが、周辺の干拓が進んだ現在はその面影は見られない。

三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られる。なおこの剣は、鎮座の後も、盗難に遭ったり(「草薙剣盗難事件」を参照)、形代が壇ノ浦の戦いで遺失するなどの受難にみまわれている。(「天叢雲剣」を参照)。また、景行天皇43年創建と伝えられており、同年は西暦に換算した場合に113年とされることから、2013年(平成25年)に創祀1900年を迎えるとされ、同年5月8日に「創祀千九百年大祭」が行われた。

建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、1893年(明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式だった(境外摂社の氷上姉子神社に尾張造の建築様式が残っている)。
祭神
主祭神
熱田大神(あつたのおおかみ)三種の神器の1つ・草薙神剣(くさなぎのみつるぎ、草薙剣天叢雲剣とも)を神体とする天照大神を指すとしている。
相殿神
天照大神(あまてらすおおかみ)
素盞嗚尊(すさのおのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
宮簀媛命(みやすひめのみこと)
建稲種命(たけいなだねのみこと)
熱田大神とは草薙剣の神霊のこととされるが、明治以降の熱田神宮や明治政府の見解では、熱田大神草薙剣を御霊代・御神体としてよらせられる天照大神のことであるとしている。しかし、創建の経緯などからすると日本武尊と非常にかかわりの深い神社であり、熱田大神日本武尊のことであるとする説も根強い。

相殿には、天照大神・素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命草薙剣に縁のある神が祀られている。素盞嗚尊は、ヤマタノオロチ退治の際に、ヤマタノオロチの尾の中から草薙剣を発見し、天照大神に献上した。天照大神は、その草薙剣天孫降臨の際に迩迩芸命(ににぎのみこと)に授けた。日本武尊は、草薙剣を持って蝦夷征伐を行い活躍したあと、妃の宮簀媛命のもとに預けた。宮簀媛命は、熱田の地を卜定して草薙剣を祀った。建稲種命は宮簀媛命の兄で、日本武尊蝦夷征伐に副将として従軍した。

第12代景行天皇の時代、日本武尊が東国平定の帰路に尾張へ滞在した際に、尾張国乎止与命(おとよのみこと)の娘・宮簀媛命と結婚し、草薙剣を妃の手元へ留め置いた。日本武尊伊勢国能褒野(のぼの)で亡くなると、宮簀媛命は熱田に社地を定め、剣を奉斎鎮守したのが始まりと言われる。そのため、三種の神器のうち草薙剣は熱田に置かれているとされ、伊勢神宮に次いで権威ある神社として栄えることとなった。


宮司職は代々尾張国造の子孫である尾張氏が務めていたが、平安時代後期に尾張員職の外孫で藤原南家藤原季範にその職が譲られた。以降は子孫の藤原氏・千秋氏が大宮司尾張氏権宮司を務める。なお、この季範の娘は源頼朝の母(由良御前)である。

 

戦国時代に織田信長桶狭間の戦いの前に戦勝を祈願して見事に勝利を収めた。

江戸時代は当社周辺に東海道五十三次の43番目「宮宿」が設けられ、当地から桑名宿への七里の渡しが運行されていた。また『東海道名所図会』に「熱田大神宮」と記載されている。

1868年(慶応4年)6月に神宮号を宣下されて熱田神社から熱田神宮に改め、1871年7月1日(明治4年5月14日)の近代社格制度の制定により、熱田神宮官幣大社に列格した。熱田神宮には「三種の神器の一つを祀っているから、伊勢神宮と同格であるべきだ」という主張があり、同年7月には大宮司・千秋季福が伊勢神宮に準じた待遇にするよう政府に請願したものの、この請願は却下されている。次いで大宮司となった角田忠行も同様の請願を続け、1889年(明治22年)までに伊勢神宮に準じた神璽勅封・権宮司設置などが認められた。

それまで熱田神宮尾張造という尾張地方特有の建築様式で建てられていたが、1889年(明治22年)、伊勢神宮と同じ神明造による社殿の造営が計画された。また、熱田神宮の国への働きかけにより、1890年(明治23年)9月、社格を離脱して伊勢神宮と同格にする旨の勅令案が閣議に提出された(案の段階では熱田神宮を「尾張神宮」に改称する事項も含まれていたが、これは外された)。しかし、この勅令案は否決され、熱田神宮社格の件は従前の通りとすることとなった。その背景には伊勢神宮の反対があったという。神明造による社殿の造営は進められ、1893年(明治26年)に竣工したが、この社殿は太平洋戦争の空襲により焼失した。

1945年(昭和20年)の終戦直前、神体である草薙剣を守るために飛騨一宮水無神社への一時的な遷座が計画されたが、同年8月15日の終戦により一時中止された。しかし、今度は上陸したアメリカ軍に神体が奪われるおそれがあるとして、同年8月21日、陸軍の協力を得て計画通り神体が水無神社に遷された。同年9月19日に熱田神宮に戻されたが、そのときにはすでに陸軍は解散していたため、神職が鉄道で移動した。社殿は伊勢神宮式年遷宮の際の古用材を譲り受け、1955年(昭和30年)10月に再建された。新しい建物のため、指定文化財ではない。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
f:id:KOBANNAD:20170719003235j:image熱田さんでは【御神印】というそうな

 

 

 

 

 

 

さらに名古屋の大須観音

 

 

 


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大須観音(おおすかんのん)は、愛知県名古屋市中区大須にある真言宗智山派の別格本山。本尊は聖観音。寺号は詳しくは「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」と称し、宗教法人としての公称は「宝生院」だが、一般には大須観音の名で知られる。日本三大観音の1つとも言われる観音霊場である。なごや七福神の一である布袋像を安置する。寺内に、『古事記』の最古写本をはじめとする貴重書を多数蔵する「真福寺文庫」がある。

建久年間(1190年代)、尾張国中島郡長庄大須に中島観音が発祥する。元亨4年(1324年)に後醍醐天皇大須郷(現岐阜県羽島市桑原町大須)に北野天満宮を創建。元弘3年(1333年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が当寺の始まりである。

その後、慶長17年(1612年)に徳川家康の命令で犬山城主の成瀬正茂によって現在地に移転する。 文化12年(1815年)に、五重塔が建立され、空海が彫った愛染明王像が五重塔内に安置された。明治25年(1892年)3月21日には、境内にあった宝生座(芝居小屋)裏手からの出火(大須の大火)により本堂、五重塔と仁王門を焼失し、五重塔以外を再建されるが、第二次世界大戦の名古屋大空襲による2度目の焼失後、昭和45年(1970年)に、戦前の本堂とは多少、姿形が異なるが本堂を鉄筋コンクリートで再建し、現在に至る。また五重塔の再建計画も近年にあったが、現在にいたるまで、立ち消えた状態である。

戦前まで大須観音より、大須で大いに栄えて賑わっていた寺は七堂伽藍の七寺であった。大須観音も七寺も空襲で焼失されるが、戦後、七寺の七堂伽藍は再建される事はなく、大須観音は再建され、現在では大須観音が栄え大須のシンボル的な寺院となっている。

大須の地名はこの大須観音門前町が発祥の地である。(Wikipediaより)

 

 

 

 

 


f:id:KOBANNAD:20170719002750j:image納経印

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参拝を終えて大須商店街の301ビル1階にある喫茶店松屋コーヒーさんへ。

 

こちらは元々はコーヒー豆の販売店ですが、店内に喫茶スペースがあります。

 

世界中のコーヒーが楽しめる上にこの時期はオリジナルの水出しコーヒーが美味いのよ!

 

 

 

 

松屋コーヒーさんのこだわりはコチラで

http://www.flavorcoffee.co.jp/2f/index.html

 

 

そこに二度寝から覚めた姉上DJきゃんでことふぢえ姉が合流。

 

 

本当は谷汲から一緒に行動する予定だったんですが、前日にアメリカから凄いDJの方が来られていたらしく終了後も接待等で忙しくて昼からの参加になりました。

 

 

姉上のお店はコチラ

https://www.maharaja-n.jp/system/

デスコでフィーバー!

 

 

 

 

 

 

 

 

四人はそれから

大須商店街の中にある【万松寺】へ。

 

 


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……お寺にLED照明&スクリーンw

さらに白龍のオブジェがありそれがまた時間になったら霧を吐くwwwww

 

入り口ど真ん中ではなく少し離れて本堂があるwwwww

 

七夕飾りの願い事がカオスwwwwwwwwww

 

 

申し訳ないけどこないに笑ったお寺は初めてやなwwwwwwwwwwwwwww

 

【近未来寺院形テーマパーク】

って感じかしらwwwwwwwwww

 

 

 

 

 愛知県名古屋市中区大須にある470年以上の歴史を持つ寺院。織田備後守信秀公(織田信長の父)が織田家の菩提寺として開基。ご本尊は十一面観世音菩薩。織田信長徳川家康をはじめとする戦国武将との縁が深く、名古屋の歴史的観光名所にもなっている。

天文9年(1540年)、織田信秀により織田氏菩提寺として那古野城の南側に建立された。開山には信秀の叔父にあたる雲興寺八世・大雲永瑞和尚を迎えた。当時は現在の中区錦と丸の内2丁目・3丁目にまたがる広大な寺領を持っていたが、慶長15年(1610年)、名古屋城を築く際に小林邑(現在の大須3丁目)に移建した。移転後も尾張徳川家朱印寺として篤く信仰され、亜相源敬公大夫人霊廟(徳川義直室高原院の御霊屋(廟))が置かれるなどしていたが、幕末頃から徐々に衰退した。大正元年(1912年)に三十七世大円覚典和尚が寺領の山林の大部分を開放することを決断し、開拓された町は現在の大須3丁目となって、萬松寺は再び賑わいを取り戻すこととなった。しかし、1945年(昭和20年)3月12日の名古屋大空襲で大須も焦土と化し、本堂が再建されたのは平成に入ってからである。大須一帯の大地主でもあり、万松寺ビルなどを保有している。2016年(平成28年曹洞宗との被包括関係を廃止して単立寺院となる。
歴史的事件など
信秀の葬儀の際に信長が位牌に抹香を投げつけた事件は、大須に移る前の萬松寺が舞台である。
徳川家康は6歳で証人(人質)として今川義元の元に送られる途中で信秀に引き渡され、この寺で9歳まで過ごしたと伝わる。
明治年間、シャム国から日本に分骨された仏舎利覚王山日泰寺に運ばれた際には、萬松寺から行列が出発した。
堂宇
不動堂 - 加藤清正が命名したと伝えられている身代わり不動明王の石像が安置されている。
白雪稲荷堂 - 白雪枳尼真天を祀る。
からくり人形
からくり人形は現在の萬松寺の名物として知られた。本堂に設置されたからくりは前述の「抹香投げつけ」と、桶狭間の戦いを前にして「敦盛を舞う」信長を再現したもので、人形師の8代目玉屋庄兵衛の手による。また、かつての境内で寺の向かいに建つ万松寺ビルには白雪稲荷のからくり人形もあるが、いずれも2008年(平成20年)頃から故障したままとなっている。2011年(平成23年)6月から「あっぱれNIPPONプロジェクト」の一環として修復に着手。その年の大晦日に修復完了、公開された。修復担当は9代目玉屋庄兵衛。(Wikipediaより)

 

 

 

 


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f:id:KOBANNAD:20170719002840j:image
f:id:KOBANNAD:20170719002852j:image6つの納経印


 

 

お寺用の納経帳2冊目無事終了しました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、名古屋に来て、姉上と大須に来るといつも行くのが万松寺の向かいのビル地下のパチンコ屋wwwww

 

 

三時間弱一円パチンコで遊んで

 

姉上-3000

ゲンゲン-3000

母上+2500

アタシ+6000

 

 

これで名古屋では7連勝中wwwww

 

姉上と母上と居るとあんまり負けないんですよねぇwwwwwwwwww

 

 

とりあえずゲンゲンはまだ功徳の積み上げが足りないな。

早く【岩清水はちまん宮】に行かないとwwwwwwwwww

 

 

 

そしてアタシのパチンコ勝ち金で向かいました、大須商店街にあります

【ピッツェリア チェザリ】

 

ここのオーナー牧島氏は日本人で初めてナポリのピザ大会で優勝した方です。

 

むちゃくちゃ美味いんですよ。

 

 


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マルゲリータ

クワトロフォルマッジ

生ハムのピザ

世界一のピザ

 

この時アタシのスマホの充電がヤバかったので、この写真だけは姉上のご協力をいただきました。

姉上ありがとう(^○^)

 

 

 

こちらもアタシの大絶賛なお店。

 

 

 

 

 

んで、姉上と別れて大阪に帰ってまいりました。

 

 

 

名古屋はやっぱたーのしー!

 
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PS.姉上けものフレンズ早く見てハマって下さいwwwww